第七話:一件落着してないぞ 1
つぎの日の放課後、わたしは悩みに悩み抜いてやっぱり輩のことが気になり体育館へ行ってみた。
もうすでに稽古は終わっていた。
いつものように先輩は雑巾掛けをしている。
それを見守るように九条先生が隅に立っている。
先生がバケツに手をかけた時、先輩はそれをもぎ取った。
口論になっているようだけれど、体育館の外にいるわたしのところまでは聞こえてくるわけもない。
でも、イオには聞こえているはずだ。 だって、彼にはテレパシーがあるのだから。
二人の会話を聞いてみたいような、やっぱり聞くのが怖いような、複雑な気分。
『二人が何を話しているのか、わたしにも教えてよ』
盗み聞きは、気がとがめたが背に腹は変えられない。
やっぱ、先輩、レナにアールのことが気になるんだもん。
――もう部活は終わったのですから、先生はお帰りになって頂いて結構です。
とつじょ、ぴしゃりと叩きつけたような先輩の声が聞こえてくる。
といっても、これはイオの能力を通して聞こえてくるのだから声ではないのだけれど。
先輩は九条先生を無視するように雑巾をバケツで洗い始めた。
先生は先輩の腕をつかむと引っ張って立ち上がらせた。
――放してください。
『レナ』
今のは先生のテレパシーだ。しゃべってはいない。
『出ておいでレナ』
手を外そうともがいていた先輩の動きが止まった。
それと同時に、力が抜けたように雑巾が床に落ちた。
きらきらと水滴が舞った。
先生が先輩を抱き寄せる。
「わあー!」
反射的にわたしは大声を上げてしまった。
「だめ! その身体、先輩のものなんだから!」
「そんな所で立ち聞きなどしていないで、入って来たらどうですか」
叫んでいるわけでもない声が、すぐ側に感じられる。
その声に引き寄せられるように、イオは体育館の中へはいっていった。
「お久しぶりですね、イオ」
「やあ、アール・D・20874・ベルスクス」
「その名前で呼ばれるのも、グラン星を出てからですから、地球でいう五年になりますか。 皆さんお変わりありませんか?」
宇宙人達のありきたりな挨拶に、なんだか面食らった。
これって、地球人と変わらないんじゃないの?
あまりに当たり前すぎて、かえって違和感を覚える。
『浅田さん、それは、私達が地球人に似ているのではなく、地球人がグラン星人に似ているのですよ』
微笑みかける先生の口は動いてはいなかった。
地球人がグラン星人に似ているというのは……
そういえば、初めてイオと会ったとき、イオも同じDNAとかいっていたよね、確か。
ていうことは、地球人とグラン星人は同じなんだ。
な〜んだぁ〜。
『同じではないよ。 グラン星人が自分達の移住のために作った惑星の住民がさらに、自分達の移民のために作ったのが地球人。 つまり地球人は、グラン星人のコピーのコピーってわけさ』
さらりとイオは口(?)にする。
コピーのコピー?
「それで、だいぶ粗悪なのが出来てきていますがね。 この身体もやっと見つけて、これまでにするのが大変でしたよ。 それにしても、イオはまたユニークな器を見つけましたね」
「ユニークな器って、先生、それてすっごく失礼じゃないですか!」
「私としては最上級の褒め言葉のつもりですけどね。 特異体質のイオは、普通の人間の身体だと一日と立たないうちに同化してしまいますから。 それが起こらないというのは、最高の器ですよ」
「器、器ってね、人を丼か茶碗みたいにいっといて、あなた達の星ではどうか知らないけど地球ではなんにも褒め言葉になっていない!」
「ひとつあなたに忠告してあげます。 あなたの回りでは大勢あなたを狙っていますよ、器としてですけど」
「どういうこと?」
先生は微笑んだ。
こういう時って、整った顔立ちほどこの笑顔がぞっとする。
「私も浅田さん目当てでここへやって来たのです。 あそこのおふたりさんもそのようですけれど」
先生の目線を追って振り返ると、扉の影から沙羅と良が顔を出した。
「え〜っ、ばれちゃってたの? うまく地球人に成りすましたと思っていたのに〜、沙羅く・や・し・い〜!」
「えっ、えっ、どういうこと?」
『そういうこと 』
『そういうことって、沙羅も宇宙人なの? えっ、えーっ! イオも知ってたの!?』
「でもね、沙羅、伊緒乃ちゃん気に入ったから乗っ取るのやめにしたの。 からかってるほうがおもしろいもんね」
うっ、わたしはこの二人の宇宙人にからかわれていたのだ。
『今頃、気づいたのか。 どんくさいやつ』
『あんたにからかわれているのだけは、よ〜くわかってるわよ!』
いよいよ残すところあと2話になりました。(たぶん)
最後まで見捨てずにお付き合いいただけたらとおもいます。