第六話:ふたりっきり 1
沙羅たちと校門を出ようとしたわたしの目に、先輩が映った。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
先輩の言葉に反応し、沙羅は上目遣いに先輩を睨みつける。
普段は愛くるしいまん丸な眼なのに、睨みつける時は普通の人以上に凄みがある。
「あのねぇ!」
なにかいいかけた沙羅を、良は抱え上げた。
沙羅は懸命に足をバタつかせ抵抗を試みたが、良の力には勝てるはずも無くこの場を去っていった。
「少しいいかな?」
息苦しい。
大きく深呼吸をひとつすると、わたしは先輩の前を通り過ぎた。
「待てよ!」
早歩きのわたしの後を先輩はついてくる。
なんど深呼吸しても早くなったわたしの心臓の動きは元に戻らない。
「待てったら!」
先輩がわたしの腕をつかむ。
「レナって……」
わたしは横に首を振った。
「きみは知っている、そうだろ!」
大声を出してしまってから先輩は、周りの目を意識して小さな声になった。
「少しだけ話をしたい」
まるで、さっきの出来事はなかったかのような態度の先輩が少し気になって、
わたしはゆっくりうなずいた。
たぶん今は、レナではなく本当の先輩なのだ。
先輩と小さな児童公園に入った。
砂場とブランコがあるだけの小さな公園。
誰もいない。
斜めになった夕日がオレンジ色にあたりを染めた。
「レナってなに?」
先輩の真剣な顔をわたしは正面から見ることが出来なかった。
「だって、きみがいったんだろ!」
黙っているわたしに少し語気を荒げた。
先輩はわたしの言葉を聞いていたの?
じゃぁ……。
「先輩、さっきのは……」
「さっき?」
「覚えていないんですか?」
やっぱりあのキスはレナだったんだ。
先輩は目線を足元に落とすと黙ってしまった。
もしかして、先輩はわたしと違って相手が身体を動かしている時は、
記憶が無いのかもしれない。
それとも、イオがつぶやいた同化。
『同化ってなに?』
イオにたずねた。
『もともと、一つの身体には一つの魂しか入れない。
大抵は地球人の魂を追い出すか殺してから入り込むのだけれど、
でも別の身体に入ったものは、少なからず肉体に刷り込まれた
記憶の影響を受ける』
『ふ〜ん。 じゃあ、イオもわたしの影響を受けているってこと?
そうはみえないけど』
『受けてないから』
『なんで』
『たまにいるんだよ、ほかの魂が入り込んでも平気なおまえみたいなやつ』
『どうして?』
『鈍いからじゃないの』
『ひどい!』
一呼吸おいてイオは続けた。
『レナは記憶をなくしたまま、無意識のうちに彼の身体に同居してしまった』
『でも、だからどうなの? イオだってわたしの身体に居候しているじゃない』
『普通、ある一定時間をすぎると精神力の強い方に吸収されてしまうか、
同化してしまう。 大抵地球人の方が未成熟な分、吸収されてしまう確率が高い。
吸収された魂は肉体が滅びるまで暗い檻の中って感じかな。
でも、レナの場合は記憶をなくしていたからかなり広瀬の影響を受けていると思う。
だから、同化してしまう可能性が強い』
『じゃあ、同化するとどうなっちゃうの?』
『化学反応と同じでまったく別の人格になってしまう』
それじゃ、どっちにしても先輩は先輩じゃなくなっちゃうの!?
そんなのいやだ!