第五話:キス??? 2
わたしのファーストキスをかける、なんていうくだらない賭けをしてから七日が経とうとしている。
剣道部の部活を観にいかなくなって六日。
「わ〜い!今日はジャンボ苺パフェが食べられる!」
沙羅が教室の床が抜けるのではないかと思うほど続けざまにジャンプをしながら騒いでいる。
良はその様子を眺めながらボソッとわたしにつぶやいた。
「本当にそれでいいのかよ」
「いいも悪いも、ありえないし」
「ありえないとかそういう問題じゃなくって、伊緒乃自身の気持ちの問題だよ」
「気持ちの問題って?」
「好きなんだろ、剣道部のこと」
わたしが先輩を好き?
「わたしは……」
あれはただイオが毎日見に行っていたのを、二人が勘違いしただけで、好きと
か嫌いとかではなくって。
「剣道部にアタックしたのかよ」
「もう、良ちゃん、そんなこといわないの」
「沙羅はそんないいかげんな伊緒乃でいいのかよ。 あたいさ、伊緒乃の単純でしかも勢いだけでなんでも乗り越えちゃうとこ、すごいと思うよ」
「沙羅も伊緒乃ちゃんのそういうとこ好き!」
そう仕向けているのはだれよ。 本当のわたしは、めんどうくさいことには目を瞑って生きてきたのだ。
「そりゃ、自分でも単純だなって思う。 賭けのことだって勢いで受けちゃってさ。 でも、自分で自分がわからなくなることだってあるんだよ。 広瀬先輩のことだって、かっこいいなとは思うけど本当に好きなのかわかんないし。 ただ、先輩とのキスを賭けにするなんて先輩に悪くって、失礼だよなって」
「それで、最近部活を観に来なかったんだ」
振り向くといつからそこにいたのか広瀬先輩が立っていた。
「で、俺のキスの価値ってどの位?」
先輩って、こんな言い方する人だったのだろうか?
まあ、トイレの時も冗談はいっていたけれど。
「ジャンボ苺パフェ!」
沙羅が元気に返事をする。
この、能天気娘が!
「ふぅ〜ん、そんなもんなんだ」
なんだか、先輩の雰囲気が違う。
『まずい、同化してきたのかな? それとも』
イオが深刻な声を出す。
『同化ってなに?』
わたしがイオとテレパシーで会話をしていたその瞬間、頬に仄かに暖かいものがかすめた。
なっ、なに、なに今の?
「こんなものでいい?」
先輩が聞くと、良は急いで答える。
「はい、そんなもんで」
沙羅は直立のまま硬直している。
「じゃ、お取り込み中のようなので、これで失礼」
「待てよ」
イオが話しに加わる。
先輩が振り向く。
「思い出したんだろ」
イオの言葉に先輩がわたしの耳元で囁く。
「大切なとこ見られたってこと」
イオの平手が先輩の頬を目指した。
先輩がイオの左手をつかむ。
「こういうとき、運動神経の良い器って便利ね」
とっさに出たわたしの右手は、見事先輩の頬に当たった。
「器なんて言わないでよ、先輩は人間なんだから」
沙羅達に聞こえないように、出て行こうとする先輩の後姿に小声で言った。
「イオはレナさんのこと、すごく大切に思っているんだよ」
「伊緒乃ちゃんを怒らすなんて、ぜったい、沙羅、絶対許さない!」
しばらく経っても、さっきの出来事が理解できずに、ただ微かに残る頬の暖かい感触を手のひらで覆っていた。