第五話:キス??? 1
昨日のことがあったから、朝っぱらから担任の九条先生に会うのはきつい。
その上、一時限目から九条先生の科学である。
「どうしちゃったの? 朝から暗い顔しちゃって」
「わっ!」
目の前に突如現れた一つ目の沙羅の顔に驚いた。
人の顔って近づきすぎると一つ目に見えるんだ。
なんだか妙なことに感心して、不覚にも沙羅の顔をしげしげと見詰めてしまった。
「きゃっ! 恥ずかしい、そんなに見詰めちゃいやぁ〜ん☆☆☆」
沙羅が両手の拳を軽く握りあごに当てると身体を左右に振りながら、語尾上がりのぶりっ子の声を上げた。 まあ、いつものことだが。
その横では、良がわたしを睨みつけている。
「先輩とは上手くいってるの?」
良の言葉に反応するように、昨日の保健室の光景が脳裏にまざまざと甦った。
「その様子じゃ、うまくいってないね」
良の言葉が、グサッと心を刺した。
それって、自分の心だけではないような気がする。 イオの心も一緒に串刺しになっちゃったて感じ。
けさからイオは一言もしゃべらない。
だけど、わたしの中にいることだけはわかる。
だって、伝わってくるのだ、なんだかわからないけどもやもやしたようないらいらしたような変な感じ。
なんか、わたしの心もあいつの心に同調してしまったようだ。
「まあ、あたしはどっちに転んだっていいんだけど。 もし万が一、伊緒乃が剣道部とうまくいちまえば、それはそれで厄介払いが出来ていいしね。 でも、まあ、それは、日本沈没よりありえねえけど」
地球温暖化で断然日本沈没のほうが可能性高くなったかも。
「だめ! 良ちゃん、伊緒乃ちゃんを炊きつけるようなこといっちゃ。 伊緒乃ちゃんの性格わかってるでしょ。 もし本当に先輩と仲良くなっちゃったらどうするのよ。 そんなことになったら、沙羅もう学校に来ないから」
「だれかな? 学校に来ないなんて悲しいこと、いっているのは?」
いま一番会いたくない九条先生が白衣を着て、沙羅の後ろに立っていた。
「はーい! 沙羅で〜す!」
勢いよく挙げた沙羅の手が先生の胸を直撃した。 なんとなく、沙羅の行為には悪意があったような気がするのは、わたしの思い過ごしだろうか?
先生は、沙羅の一撃に顔をゆがめたが、すぐに言葉を続けた。
「どうしてかな?」
先生は極上の笑みを浮かべて沙羅の顔を覗き込んだ。
ほかの人だったら、この微笑一つで失神してしまうかもしれない。
案の定、クラスの大半がうっとりとした目つきで見つめている。
「伊緒乃ちゃんに恋人ができたらで〜す」
「浅田さんにはそういう人がいるのですか?」
「いません!」
わたしはあわてて否定した。
「ということですよ、末永さん。 安心して学校へきてくださいね」
「でもね、九条先生。 伊緒乃ちゃんは、ひろ……」
「わー! 先生、授業でしょ、授業」
「そうですね。 ただ、一つ忠告しておきます。 広瀬君はやめておいたほうがいいですよ」
耳元でささやくと、意味ありげに口元を歪め、わたしに向かってウインクをした。
悪寒とともに女子たちの射るような視線にわたしは身震いした。
先輩の中にはレナがいて、アールの九条先生とは恋人同士。
ということは。
でも、先輩は先輩で。
うえ〜ん、もう、よくわかんないよ! どうすればいいのよ、わたし?