乙女ゲームが始まらない!
短編始めました
新緑が光に眩しい4月の初旬。
太陽は明るく爽やかな風にスカートをひらめかせて初めて通る通学路。すべてが祝福に満ち溢れているかのようなこの感覚に思わずかんばせも上がってしまうというもの!
私はようやくこの時を迎えることができたのです!
そう!乙女ゲーム「君と駆ける翼」と酷似した世界に主人公高里綾音として生きる私にとってまさに高校の入学式はスタートラインなのです!
取り乱しました。ごめんなさい。
えっと、もう一度自己紹介しますと私は高里綾音。
この度、天陵学園高等部に入学しました新入生です。
身長は女性の平均値。体重は年頃の女の子として軽すぎず重すぎず。ある程度の出っ張りとそれに見合ったくびれ。顔の方もカワイイ系ともキレイ系とも違う、なんというか素朴系?お化粧映えはしますね。赤みがかった黒髪ボブと髪色そっくりな黒目。まさに少女系主人公といった平々凡々さでございます。自覚あります。むしろ武器にしてますよ?
まあ、平凡な外見と違いまして中身がハイスペックというかぁ、チートと申しますかぁ。そう、前世の記憶があるのです。言わば人生二週目。強くてニューゲーム。前世が頭よかった雑学詰め合わせの理系オタク少女だったおかげでなんの障害もございませんでした。学校のテストは彼女の豊富な知識と彼女の勉強方法さえ真似していれば自然と身に付いて100点以外を取ったことがありませんし、幼少の時どうすれば体が強くなるのかも分かっていますので運動面に関しましても普通の少女より動けます。これまでの人生だって年齢に見合った山も谷もございましたが彼女の記憶のおかげでスムーズに事を進めることができました。
あ、前世の彼女が私というわけではありません。彼女は彼女、私は私。知識も経験も詰め込まれてるのに感情は軒並みシャットアウトされていまして、まったく別の人格となっています。なんというかいつでも再生可能な自分視点のドラマの記憶媒体が頭の中の棚にずらっーとあるようなものです。しかも取り出しについてもいつ、どんな記憶を取り出そうが私主導で再生と停止ができ私の記憶と混乱することはございません。
だって彼女、私とはまったく違う性格なんですもん。恋愛のレの字も興味がなく、ゲームとか漫画とかアニメとかラノベとか大好きだったのに「まあ、恋愛については物語のエッセンス程度含まれてればいいじゃないの?」なスタンスで自分磨きをすることもなく、好きなった異性がいない時期=年齢で同性の友人に関しても同じ趣味の方ばかり。それで人生面白いの?と何度思ったことでしょう。
あ、私は恋愛したいですよ?当然じゃないですか。中学三年になってからは高校のことを考えて彼氏は作らなかったけど、それまではほどよく異性の方とお付き合いさせていただきました。もちろん、一方的に好く好かれるばかりの関係は嫌だったので年齢相応の甘酸っぱいものに止めておいて、付き合っていた方が違うことに興味を持ち始めたらさらっと身を引きました。高校の方とは一生涯のお付き合いをさせていただくと決めていたのでお遊びの期間と申しましょうか。若かりし頃の思い出作りと申しましょうか。どれも芯の通ったいい殿方とお付き合いしてもらいました。男運いいですね私!
というわけで乙女ゲームです!お前、さっき前世のヤツは恋愛嫌いだったじゃねーかなんで乙女ゲームの知識あるんだよコラ。と思った皆様、説明させていただきます。時代には流行というものがあります。それはオタク業界に関しましても同じこと。
えっと、彼女の周囲の友人5名が一斉に「君と駆ける翼」(略称はかけつばですね)をやり始めたんです。理由は声優さんであったり乙女ゲームだからであったり腐っていたからであったりシナリオライターであったり音楽面であったりマンガと抱き合わせであったりと様々だったんですがとにかく同じゲームを始めてハマって毎日そのゲームのことばかり、すると彼女も最初は興味なかったのにだんだん話題についていけなくて取り残させるのも嫌で借りてやらざるを得ないまでに。
そう、彼女はそうして全く興味のないかけつばを友人達との話題作りのために全てのキャラの全てのエンドコンプ、全てのスチル取得(スチルというのは一枚絵のことですね)どころか全てのルート把握までやりこみました。話すためにそこまでする必要ないじゃないと私は思うんですけど、彼女ってやり始めたら最後まできっちりとやり込む人なんですよね。私にとってはとても都合がいいんですけどね?
そうして無理矢理やり込んだゲームと似かよった世界に主人公と名前が一緒で存在する私はホント幸福だと思います。だって、これからの道筋全部分かるんですよ?素晴らしいじゃないですか。すでに私は誰ルートにしようと高校受験戦争と同じくらいじっくり時間をかけて悩んでいます。まだ決まってないんですけどね。会う前から決めちゃうのもアレかなって思っちゃいますし。一生ものですからね!逆ハーレムルートは好きじゃないです。このゲーム、攻略対象者全員同時に関係を深め始めるので逆ハーレム化しやすいんですけど、攻略対象者の皆さんとは本命以外は友人くらいに収まって本命を確実に落としたいと思います!恋は!バトルです!前世の記憶だろうがなんだろうが私の持てる全てを使って全力で挑みますよー!おー!
ふう、すこし気持ちが高ぶりました。さて、ただ今私は通学路最後の曲がり角にいます。
ここを曲がれば学校が見え、物語が始まるのです!ゲームのプロローグが始まるのがここなのです。まあ本格的に始まるのは放課後なんですけれど。
ここから先、怒濤の攻略対象者さんの顔見せが始まるのです。ゲームと違い自由度は現実の方が高いですからね!じゃなかったら最初からこんなに私ハイスペックにならないですし。最初の一人と会ってから私の夢と希望に溢れた戦いは火蓋をおとすのです。非常に楽しみです!
一息深呼吸をして気合いを入れます。
曲がれば短距離所属予定の同級生隆城君が歩行者通路ギリギリで迫る車から私を助けてくれることでしょう。ゲームと一緒であれば。
いざ!
そして私はトラックに轢かれ、強か頭を打ちました。
頭から鈍痛がします。痛い。ちょっと覚悟してたけど痛い。というかなんで轢かれてるんです?あの場面は走り迫る車から私の手を引いて隆城君が助けてくれるシーンでしょう?今はまだ頼りないでも男の子だと分かる胸板にしっかりと抱き止めるシーンでしょう?うわ、くっさとちょっと思ってでもそれもありかなって楽しみにしてた最初のイベントなのになんで?なんで轢かれてるんですか?私の運動神経?問題ないくらい高めたはずなのに。来るって分かってたものにぶつかる程度のものだったの?なんでトラックだったの?ゲームだと黒い車だったのに。スピードそんなに出てなかったけど。
あ、倒れた私の頭を抱えられているような気がします。声もしますね。大丈夫かって心配そうな声が。これはもしかしなくても隆城君?
ならばさっさと目を開けて、状況確認と隆城君の甘いハチミツ色の髪色とご尊顔を拝見しなければ!プロローグやり直しですよ!
ゆっくりと目を開けます。
見えてくるのは漆黒のような黒髪。あれ?黒?
すこし長めの前髪の下にやぼったい大きめの眼鏡。え?眼鏡?
「大丈夫かね!高里氏!!ようやく目を覚ましたか!」
誰ですか。この人。見たことあるようなないような。
「これは何本に見えるかい?」
と目の前を人差し指が振られます。
「い、一本です」
「ふう、意識ははっきりしているね。いやはや、歓迎のための実験がこんな爆発を起こそうとはおもわなんだ」
歓迎?なんの歓迎?そして実験?なんか嫌な予感がする。
起き上がってキョロキョロと周囲を確かめました。轢かれた場所は通学路だったはずなのに、現在、私は部屋の中にいます。保健室かと思いましたがそうではなさそうです。均等に並べられた大きい机は固定されていて水道もついてます。ひとつの机辺り椅子が6脚。私に一番近い机には実験道具。どう見ても科学実験室です本当にありがとうございます。なんで私ここにいるんでしょうか。
「ふむ、歓迎のために一肌脱いだのがいけなかったか。まあ、改めて科学部部長の田中侑哉だ。まあ、部長といっても部員は私と君だけになるのだが......。高里氏!君の入部を歓迎するよ!」
告げられた言葉に頭が真っ白になりました。言っている意味がまったくわかりません。どうして私は科学室にいるのですか?窓から夕焼けが見えます。今何時なんですか?どうして私は倒れていたのですか?入部ってなんの話ですか?私が入部するのは科学部じゃなくて陸上部です。陸上部のマネージャーになるのです。だって、だってそれが、乙女ゲーム「君と駆ける翼」なんですから。陸上部のメンバーと恋をするのがウリのゲームなんですよ?陸上部のマネージャーじゃないと乙女ゲームにならないじゃないですか!
あれ?私、乙女ゲーム逃しました?
後編、今から作ります