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検非遺使秘録 §伝説の『白蛇天珠の帝王』とコラボ作あり§  作者: sanpo
カスカニカスカナリ〈全27話〉

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カスカニカスカナリ 4

 手紙というにはあまりの乱調。行も歪み、字の大きさも揃っていない。紙も粗末で、何かに使った余りの部分に書いたらしく、ちぎり取った痕がそのまま残っていた。

「どう思う?」

「よっぽどド頭にきたんだろうな、恵噲(けいかい)様。我こそは〝唯授一人〟と信じて疑わなかったに違いない。それを──」

 兄が言ったのを弟が受けて、

「ここへ来て人生の大逆転! その衝撃、悲哀、落胆ぶりがこの(ふみ)から窺われるわ」

「いや、そっちの手紙の内容じゃなくて」

 成澄は咳払いした。

「この室中だったら……こっちの紙片に記されていた咒文こそ鏡の隠し場所を示唆するモノと見て間違いあるまい?」

 それには答えず、今一度室内をゆっくりと見廻してから狂乱丸は言った。

「先刻の接待役も言っていたが、おまえは今、叡山内を自由に闊歩していいんだろ? ならば──〈常行堂(じょうぎょうどう)〉へ行こう。ここはもういいから」



 常行堂までは再び源空が同道した。

 道中、双子は一言も口を利かなかった。薄紅色の唇が噛み締められて、いつも以上に鮮やかに見える。

 堂に至るや、即座に狂乱丸は若い僧を振り返った。

「ここまでで結構です。私たちは、ここで暫くやることがあるので──どうぞお引き取りください」

 接待役は不審を顕わにした。問題の恵噲の室の検分はあっという間だったのに、全く関係のない常行堂で一体何をしようと言うのだろう?

「やること、とおっしゃいますと?」

「あなた方はここで何をなさいます?」

「その名の通り──常行三昧(じょうぎょうざんまい)……念仏三昧の修行を行いますが?」

 常行三昧は阿弥陀の名号を唱えながら本尊阿弥陀仏の周りを巡る行法である。

 一夏九十日の間、飲食用便の他は座ることも許されず仮眠も立ったままと言う苛酷非情の行である。

「ふうん? じゃあ、私たちもそれをやるかな。だから、長くなる。待たなくていいよ」

 源空の顔は怒りで真っ赤になった。

 大体、煌びやかな装束といい、可愛らしい容貌といい、稚児同然のくせに先刻からこの田楽師の尊大な態度はどうだ?

「ば、罰当たりな軽口はお慎みください!」

「いいのか?」

 肩を怒らせて去って行く僧を見送りながら成澄が苦笑した。

「肥後阿闍梨が付けてくれた接待役だぞ。それをあんなに怒らせちまって」

「いいさ。あれだけ怒らせればもう戻っちゃあ来るまい。言ったろう? ここではちょっと時間がかかる。待たれては迷惑だ。それに──」

 狂乱丸は妙な笑い方をした。

「あいつら若い僧はまだ知ってはいない。聞かせない方がいいこともある」

「?」



 さて、黄金の阿弥陀像に観音・勢至・地蔵・竜樹の四菩薩が安置された常行堂。

 これは成澄の記憶にあった通りなので、改めて確認して成澄は安堵の息を吐いた。

「フウ。阿弥陀と四菩薩と俺が言った時、忠実殿は明らかに表情を変えた。俺はてっきり間違えたかと肝を冷やしたんだが……」

「これは〈五尊曼荼羅〉と称する独特な安置の仕方なのさ。この配置で、ここ常行堂が特異な密教儀軌に従っていることを暗に示している。その点をおまえが何処まで把握しているか、忠実様は探っていたのだろうよ。それより──」

「え?」

「成澄よ、知っているか? この本尊の阿弥陀像は円仁が唐より帰朝の際、海上に出現した(・・・・・・・)と伝わっているのだぞ」


 ── 慈覚大師・円仁、唐より帰朝の船中に於いて、念仏を誦していた際、

   是の最後の『成就如是』の音を御失念有り。

   于時、波の音その句を唱えるを聞く。

   海上を御覧給うに金色の阿弥陀像顕現せり。

   頭を項垂れ奉請すれば大師の御袖の中にこの像跳び入り給う。

   其後、常行堂の本尊に是れを秘仏として収めぬ……

               《山門秘伝》抄訳


「ふむ、ありがたい話だが。その種の言い伝えはよく聞くぞ?」

 豪気な、検非遺使らしい言である。狂乱丸はニヤリとした。

「その度胸、頼もしい限りじゃ。これからの話がし易いわ」

 いかにも田楽師ならではの艶やかな装束──今日は蝶の文様、色は春の空を映して兄は薄縹、弟は秘色である──の袖を揺らせて、

「その通りじゃ。〝海から出現した仏〟の話は腐るほどある。重要なのはその種の話の裏に秘された(・・・・・・)暗合よ」

 今一度、狂乱丸は繰り返した。

「海から現れた仏像の伝説が語られている場所には必ず〝ある神〟が隠し祀られている……」

「何を言っているんだ、おまえは?」

 いつになく狂乱丸の声は低くくぐもって響いた。日頃、賑やかしく田楽を舞い歌う、その声音とは全く別種なものに聞こえて成澄は当惑した。

「そこ」

 中央の阿弥陀如来像の背後。後戸の付近──

「?」

 成澄は今まで全く気づかなかったが、黒い厨子がある。

 田楽師兄弟は連らなってその前へ座すと、合掌した。

 だが、けっして厨子の扉は開けようとはしなかった。

「な、何だ、何だ? その内に何が祀られている?」

 兄弟は二人、唱和して答えた。

摩多羅神(またらしん)じゃ」

「マタラ? 初めて聞くぞ。一体どういう(たぐい)の神なのだ? そして、何故(・・)、おまえたちがそれを知っている? そもそも──こんなに詳しいのは何故じゃ?」

 田楽師の兄は堂の入口を振り返って、そこがしっかり閉じられているかどうか、今一度確認した。

「俺たちが何故、詳しいか、それについては追々明かすさ。今言えるのは、この神の名は俺たち(・・・)だから口に出せるということ。ここで行する僧たちは誰もこの神について語ることはできない。そういう掟なのじゃ。

 僧侶が口にできない神。

 だが、俺たちは僧侶ではない。単なる田楽師──芸に奉仕する下臈じゃ。だから、平気で口にできる」

 弟の田楽師が言い足した。

「いいか、成澄? 俺たち以外には、誰もおまえに、この神について教えることのできる者はおらぬ」

 兄が頷く。

「だから、心して聞けよ。さっき円仁帰朝の際の海上云々は表向き(・・・)の言い伝えじゃ。

 叡山の高僧たちには実は古くからもっと別の物語(・・・・・・・)が伝承されている」

「──?」

  

   

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