毘沙門天の使者 4
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「では、認めるんだな?」
狂乱丸が質すと、まあ、二、三違うところがある、と言って稚児は微苦笑した。
「私が、捨てられた稚児だと言うのは嘘じゃあない。叡山の某塔頭……仕えていた僧は新しく入って来た小童に心移りしてトウのたった大童の私を追い出したのさ」
石寿丸は言う。少々見た目が良いと売られたのが六つの歳で、以来十七の今日まで寺以外の暮らし方を知らぬ。頼るべき身内もなくて路頭に迷っていた折り、遭遇したのが、やはり都に上がって来て右も左もわからぬ体の田舎坊主だった。
渡りに船とばかり接近して取り入り、あわよくばそのまま仕えようと思ったのだが、幸か不幸か、僧が大切に持ち運んでいる荷物の中身を見てしまった──
「そう、文字通り、目が眩んだのよ」
その金塊さえあれば、と石寿丸は思った。それを自分のものにすれば、今後一生安息に暮らせる。
誰かの顔色を窺いながらビクビクしたり、命じられるままあらゆることをして機嫌を取ることなしに、自由に、気楽に、暮らせるのだ……!
「……水干の血は殺めた僧の返り血と言ったな? 違うぞ! 我が旧主は心変わりして以来、何かにつけて私を打擲した。私自身の流した血も、確かにそこには染みていたのだ……!」
静かに狂乱丸が訊いた。
「だから──?」
「ああ。懇意の寺を紹介する、そこの僧侶の伝手で仏師の手配もしてやる、と騙くらかして河原に誘い出し、そこらに転がっていた石で打ち殺した。後の顛末は大体おまえたちの推察通りさ」
懐かしそうに首を伸ばして石寿丸は穴の開いた堂宇の天井を眺め回した。
「出会う順序を間違えたかな? 先に遍快様、あなたに出会っていたなら──ここで、そこそこ幸せに暮らしていたろうな」
それは独り言に近かった。囁くように稚児は言うのだ。
「本当言うと……ずっとここにいてもいいと何度も思ったよ。心優しい僧とひっそりと暮らして行こうかと心揺らいだのも事実」
堪らず遍快が声を漏らす。
「石寿よ……」
「だが──」
白い腕を伸ばしてきっぱりと石寿丸は遮った。
「私は既に人を殺めた身だ。この身を血に汚して手に入れた金塊を無駄にするわけにはいかない。そう決心して、少しばかり金を削り取り、あとは残して立ち去った。削った金を元手に衣装を整え、住処を確保した」
「今後も必要に応じて少しづつ金を持ち出し、暮らしを立てようと考えていたのだな?」
検非遺使が確認すると稚児は素直に頷いた。
「そうさ。だが、いつの間にか私のでっち上げた話が京師中で噂になっている。慌てたねえ! 幸いまだ寺の名は出ていないが、それが伝わるのも時間の問題……」
これは早いとこ金を全部引き取ろうと、焦ってやって来たのだった。
狂乱丸たちの策略は見事に成功したわけだ。
ふいに足を止めて、石寿丸は兄弟の顔を交互に見つめた。
「田楽師と言ったな? おまえたちは賢いよ。そういう──〝芸〟を売る生き方は正しい。芸は滅びないからな? 私たち稚児の売るべきものは〝若さ〟だけ。しかも、この〝若さ〟は時と共に消え去る。後には何も残らぬ。いや、もっと始末に悪いことには、使い古しのこの身だけ……」
狂乱・婆沙の兄弟も、検非遺使も、思わず顔を背けた。
月光に燦いて、稚児の頬に一筋流れる清らかな雫を見たくなかったのだ。
だが──
この一瞬の隙を突いて稚児は狂乱丸に突進するや、腕の中の金塊を奪い取った。戸口に立つ遍快を跳ね飛ばし脱兎のごとく駆け去った。
「しまった! 待てっ!」
「ウヌッ、この成澄ともあろう者が……つい涙にほだされて気を許したは不覚……」
「石寿丸……!」
一同、稚児を追って相次ぎ寺を飛び出した。




