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毘沙門天の使者 2

     2


 僧・遍快(へんかい)曰く──

 石寿と名乗った稚児は金の塊を産み落とすと、

『我は毘沙門天が、日頃の汝の信心を誉めて遣わした使者である。この子宝(・・)は汝に授ける。大切に育むべし』

 そう言い残して何処(いつこ)かへ消え去った。

 子宝を得たとはいえ、愛しい稚児を失って遍快は泣き暮らした。

 どうしても忘れることができず、とうとう出会った思い出の辻に立って、稚児を探し続ける毎日である……


「それで? 間違えられたのが兄者というわけか? よりによって参詣の帰りにえらい災難にあったものよ! これは、その信心深い僧とは反対に、よほど日頃の行いが悪いと見える」

 頻りに面白がる弟の、その顔を睨みつけて双子の兄は釘を刺した。

他人(ひと)事のように言うな。偶々(たまたま)俺だっただけで、おまえが間違えられていたかも知れぬのだぞ? 俺たちは瓜二つ(・・・)なのだから」

「ウッ」

 一方、暫く無言で考え込んでいた検非遺使、烏帽子に手をやってやおら口を開いた。

「なあ? 俺はどうも……これに似た話を以前どこかで聞いた気がしてならぬ」

 使庁の愁訴の中にあったのかも、と成澄は言う。 ※愁訴=訴え状

 兄弟は揃って生き写しの眉を寄せた。

「と言うことは──類似の事件……前歴があるということか?」

「では、やはり? その稚児とやらは詐欺が盗人の類?」

「かも知れぬ。これは早速使庁へ戻って、過去の愁状の山を今一度洗ってみる必要があるな……」

おまえ(・・・)が洗ってみるべきは〈文書〉ではなくて、むしろ〈死骸〉の方じゃ!」

 襖がカラリと開いて、白い水干に白袴、肩に白い烏まで留まらせた見るからに胡散臭げな男が入って来た。陰陽師の有雪である。

 勿論、陰陽師と言っても帝に仕えるそれではなく、無位無官、庶民相手に卜占をたれる俗に言うところの〈橋下の陰陽師〉。当世、一条橋界隈にはこの種の手合いが腐るほどいた。

「やれやれ、勝手に人の屋敷に寝泊まりしていると思ったら──今度は盗み聞きかよ?」

 弟の嫌味を制し兄は膝を乗り出した。

「何だ、有雪? おまえは何か知っているのか? 俺が被った災難の……この奇異な話の謎が解けたと言うなら言ってみろ」

 陰陽師は、元々は麗しいと形容できるはずの面貌を歪めて呵呵笑った。

「フン、俺に読めぬ未来はない! 俺に解けぬ謎はないわ!」



「では、あなた(・・・)が? 私の石寿丸を見つけ出してくださると?」

 翌日。処は出雲路。

 例によって、愛しい稚児を捜して辻に立つ僧・遍快は眩しいものでも見るように目を細めて眼前の田楽師を眺めた。

「ああ。ここで出会ったのも仏縁なれば、な? 昨日は俺も鞍馬詣での帰りだったのじゃ」

 今日も今日とて綾羅錦繍(りょうらきんしゅう)の装束。水干は秘色、袴は淡青の子栗(こぐり)色と呼ばれる色目である。その袖を揺らして狂乱丸、頬の傷に触れながら笑った。

「まあ、任せておけ。必ずや、それも近い内に、おまえとその──〈毘沙門天の使者〉とやらを会わせてやる。おっと、一条橋の陰陽師も『この再会は叶う』と卜占をたれていたぞ。せいぜい大船に乗ったつもりで待っておれ」

「はあ……」

 僧は頷いたものの再び不安そうな表情に戻った。


 さて、狂乱丸がやったことは至極簡単なことだった。

 田楽の際、件の僧の摩訶不思議な体験談を歌に乗せて見物人に語り聞かせたのだ。

 また、懇意の仲間たち──同業の田楽師は言うに及ばず、傀儡師や声聞師、歩き巫女、果ては放免、清目に至るまで──浮遊の輩、異類異形の(うから)に等しく〈黄金を産んだ稚児〉の話を流布させた。但しその際、僧や稚児の名は伏せて、不思議のみを語らせる。

 風聞好きの都人のこと、この瑞奇譚は瞬く間に広く京師に伝わって行った。


 

 かれこれ五日後のことである。

 その日も日がな一日、辻に立って稚児を捜した遍快が、願い果たせず重い足を引き摺って自坊に帰って来た。

 出雲路よりおよそ一里。なるほど寺と呼ぶのもおこがましい、凄まじく荒れ果てた堂宇である。

 寝待ち月も既に昇って、あちこちに虫のすざく声がする。

 築地塀などとうに崩れて、何処からが境内か定かでない庭の中にうっそりと佇む影が見えた。

「お懐かしゅうございます、遍快様」

「まさか──」

 その、まさかの、石寿丸だった。

 今宵はきっちりと被衣(かづき)を被って、その下は目も綾な金紗の水干に淡紅色の胴長の袴姿。

 雲居の桜、曙に霞の間より咲き出し、匂いの漏るる……とはまさにこの風情。

 だが、狂喜して駆け寄る遍快をスルリと交わして稚児は唇を尖らせた。

「あんまりではありませんか、遍快様?」

「とは?」

「件の出来事は二人だけの秘事。心の深奥に(とど)めこそすれ──よもや他言はなさるまいと思っておりましたのに。浅はかにもあのありがたい瑞顕をどこぞの下臈に漏らしましたね?」

 稚児は頬を薄らと上気させて僧を(なじ)った。

「おかげで京師(みやこ)中、私たちの噂(・・・・・)で持ちきりだ」

「そ、それは……私は何としても再びおまえと会いたかったから……だから、人に頼んででも──」

「申し上げたはずです。私は鞍馬の毘沙門天の使者。毘沙門天様は日頃の清廉なる貴方様の御心を愛でて富をお授けになりましたのに」

 あえかな稚児はきっぱりと告げた。

「こうなっては致し方ない。毘沙門天様はお怒りになっておられます。今宵、再び私が化現しましたのはお預けした物を引き取るためです」

「──」

 茫然自失、身動ぎもできない僧を押しのけて石寿丸はズンズン本堂へ入って行く。

「さあ! お渡しください。毘沙門天様からの授かり子(・・・・)。私が産み落としたアレは何処?」

「シ──ッ、静かに……」

 本尊などとうの昔に失っている空座の沙弥壇の前で(うずくま)っていた人影が囁いた。

「〈授かり子〉なら今、漸く寝かしつけたところなんだから……」

 

 

 

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