双子嫌い 11
「もぉし……頼もう……!」
轟々たる大音声が響き渡る。
背後に一隊引き連れた蛮絵の黒装束、検非遺使慰・中原成澄が件の屋敷の門前に立ったのは翌日も既に夕刻であった。
「これは……天下の判官殿が一体、何用であろう?」
いったん退いて検非遺使の来訪を告げた引き継ぎの若い僧に導かれて、この屋敷の主が〈廂の間〉まで出て来た。
「貴僧が法橋寛誉殿か?」
直に対面して、その顔を目の当たりにした刹那、成澄は身を震わせた。
「いかにも。私が法橋寛誉である」
検非遺使が体を強ばらせたのを逡巡と見て取った高僧は、殊更威厳を正して繰り返した。
「して、何用か?」
再び口を開いた時、検非遺使の言葉には微塵の澱みもなかった。
「この屋敷で妖しき行いがなされていると通報して来た者がある。本日はこの中原成澄が邸内を隈無く改めさせてもらう」
法橋の方も寸分もたじろぐ様子が見えない。
「これはこれは。多方、私の地位や栄達を妬んだ輩による讒訴の類であろう。とはいえ、あらぬ疑いを掛けられては、私こそ迷惑」
微笑さえ浮かべて身を翻した。
「それで判官殿のお気が済むなら、どうぞ存分にご検分なされよ」
「では、遠慮なく」
成澄は大刀を鳴らせて沓のまま駆け上がった。
配下の衛士たちもそれに習いドッと後に続く。
一町家を誇る広い邸内、目に付く限り次々と室を改めて行く屈強な衛士たちの、力任せに襖を引き開ける耳障りな音が彼方此方に響き渡る。
流石に僧たちは寛誉の周りに集まって不安げにさざめき出した。
「寛誉様?」
「よろしいのですか?」
「あれ、あのように検非遺使どもの自由にさせて──」
「案ずるな」
泰然として寛誉は頷いた。
「我々は何も残してはおらぬ。忘れたか? あれに関する何ら証拠を我等は有していない。何を恐れることがある?」
双子を幽閉している室は特殊の隠し部屋である。屋敷を解体でもしない限り容易には見つけられまい。
端麗な唇を歪めて法橋は笑った。
「それに、これは実に良い機会である。前関白の覚えめでたいこの私の屋敷を荒らして……何も出て来なかったとしたら?」
門前で拒否することもできたのだ。敢えて、そうしなかったのは──
(これだけ踏み荒らして何も出て来なかったその時こそ、ただで済むと思うなよ、中原成澄とやら?)
使庁における成澄の勇名を寛誉も知っていた。
篤実で豪放磊落なその気質から、前・現関白は言うに及ばず、院や帝にまで寵愛されていると聞く。
実際、今回の双子拉致騒動に関して〈追捕の長〉に現関白・藤原忠通はこの中原成澄を強く押して譲らなかった。前関白に働きかけてそれを覆させたのは他ならぬ寛誉だった。
(だが、その名声も今日までだ。おまえの失脚を聞いたら、さぞや盛房が喜ぶだろう。おや? これは早くも私の修した〈双身法〉の効験が顕れたかな?)
昨夜の修法があの検非遺使をここへ呼んだのだ……!
「だとしたら──哀れよのう? 己の身を滅ぼすとも知らずこんな乱暴な振る舞いをして、フフフ……」
寛誉が堪えきれずに笑い声を漏らしたのと、ほぼ同時だった。
屋敷の一角から衛士たちのただならぬ叫び声が上がった。
「おう……!」
「何と……!」
「は、早く、此方へ! 中原様!」
時を置かず、その中原自身の声が響き渡る。
「何だ、これは……!」
「?」
法橋寛誉も僧衣を翻してその場へ駆けつけた。
邸内は北の対屋。
開け放された襖の向こう、室の中央に存在するはずのない像があった。
《 双身毘沙門天立像 》
「まさか……そんな……こんな処に?」
絶句する寛誉。
像の横で中原成澄はゆっくりと高僧を振り返った。
「ほう? これは珍しいものを所有していらっしゃる。まさしく、これこそ、外法の像……〈双身毘沙門天〉とか言うのだろう?」
検非遺使の声は凪いだ海原の如く静かだった。
「これが動かぬ証拠である。申し開きは使庁で聞く」
部下たちを眺め渡して、
「この屋敷にいる者、一人残らず絡め捕れっ!」
二人、三人、築地塀を乗り越えて外へ逃れようとした輩もあった。
が、周囲は既に衛士に取り囲まれていた。文字通り、蟻一匹這い出る隙間もなかったのである。
「ば、馬鹿な! 像など存在するはずはない! 私は実際、そんなもの持っていないのだから……」
狼狽える法橋。しかし、もはや後の祭りだった。
「嵌められた……私は嵌められたのだ! そ、そこにある像は……断じて私のものではない……!」
「ここで夜毎、胡乱な秘儀が執り行われていたのは事実である。その秘儀の本尊こそ、これ、〈双身毘沙門天〉像だろうが? 眼前のこの像が貴僧のものでないなら──では、一体、誰のものだと言うのだ?」
悽愴な笑みとはこういう笑い方を言う。検非遺使は狼のように瞳を燦めかして笑った。
「こんな異様の像を有しているのは、秘儀に通じた貴僧の他にいるはずもない。きっぱりと観念なされよ……!」




