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双子嫌い 10

     


 未だかつて、このような像を成澄は目にしたことがなかった。

 それは、得も言われぬほど綺羅綺羅しく、奇妙な像だった。

(……装束は、天族(・・)か?)

 毘沙門天か吉祥天と思しき、あえかな天像が二つ背中合わせにぴったりと重ねられている。

 垂髪は肩から細い腰に零れる長さ。

 透き通った天衣(てんね)は白い肌を蜜のように滑って、乳首、臍の窪み、陰部から太腿……腹脛(ふくらはぎ)、踵へと(したた)り落て行く。

 像の全身を(ふちど)って燦いている珠が瓔珞(ようらく)なのか、それとも、護摩壇で燃える炎に炙られた二天像自身が流す汗なのか判然としない。

 香が投げ入れられるたびに炎の紅蓮の舌は低く高く(うね)って、像のいたる処を隈無く舐めまわす。

 すると陰影も千々に悶えて波打ち、宛ら、二天が光と影に愛撫されて果てることのない天上の喜悦の舞いを舞っているように見えた──


「──」

 この世の人間が見てはならないものがそこにあった。

 だが、目を逸らすことができない。

 

 戦慄を呼ぶ妖艶……凄惨極まる欣喜……眩暈を催す耽美……


「あれだ! あれこそが〈双身毘沙門天〉の像なり!」

 橋下の陰陽師、有雪は叫ぶ。

「そして、今、我等が眼前で執り行われている修法こそ、〈双身法〉の秘技である!」

「な……何だ……それは?」

「密教──主に天台宗に伝わる秘密修法よ!」

 築山の闇の中、浄衣の白い袖を閃かせて陰陽師は咆吼した。

「見た通り、二天で一体の態をなす! 両者とも毘沙門天の場合も、また、夫婦(めおと)と伝わる毘沙門天と吉祥天の二身で表す場合もある。が、いづれにせよ背中合わせの双身(・・・・・・・・)を本尊として、これを修法する時、衆生の利福に絶大なる力をもたらすとか……」

 薄く笑った。

「つまり、砕いて言えば、蓄財と出世……現世の利益に(すこぶ)る効験(あらた)かなのだそうだ。あんなに謎めいていて綺羅綺羅しく……結局はそれ(・・)だ、金と力!」

 有雪はひどく怒っているように見えた。

「この神秘を極めて、この現実かよ? ったく、人間という奴は……!」

 橋下の陰陽師は足下の草叢(くさむら)に唾を吐いた。

「まあ、そういう意味じゃあ、あそこにあるあの像は、まさに究極の〈背反〉ではあるな? 二天が背中合わせで一体なのは〈貨幣〉の裏表を意味しているとまで言うからな。何と言う低俗な修法よ!

 尤も──〈双身法〉の像も修法も、現実に目の当たりにしたのは俺としても初めてだ。ずっと昔に禁じられたからな。まさか、こんな外法、実際に修している酔狂な阿呆がいたとは!」

「外法はわかった」

 成澄は美しい立像から歯を食いしばって目を逸らせた。

「だが、何故、〝人〟なのだ? 何故、像に生身の人(・・・・)を用いる?」

 主殿に据え置かれた〈双身毘沙門天〉像こそ、狂乱・婆沙の二人であった。

 

 双子はそこにいた(・・・・・・・・)──


「そりゃ、単にあそこで修している奴の趣味だろ?」

 有雪は再び唾を吐いた。

「いくら秘技とはいえ、〈双身法〉の修法が生身の人間を使うなどと俺の知る限りではありえない。だから──あいつ(・・・)はきっと美しい双子が大好きなのだろうよ。双子たちを弄ぶのが今生の喜びなのさ」

 そこまで言ってから、ちょっと小首を傾げたので、一瞬、陰陽師は草叢の虫の声を聞いているように見えた。

「その上で、俺が推量するに──足が付かぬため、証拠を残さぬためもあろうな?」

 巷の陰陽師の言うには〈像〉だと()として形が残ってしまう。

「やっていることがやっていることだ。万が一、像を押さえられたら、禁止されている秘技を行っている証拠となって言い逃れできない。だが、生身の人間なら……どうだ?」

 傍にいる成澄からも、天衣(てんね)丸からも答えは返ってこない。

 仕方なく有雪は自分で答えを言った。

人間なら(・・・・)、戒めを解いてバラしてしまえば何処にでもいる、何の変哲もない一人の人間に過ぎん。もっと言えば、本当に(・・・)いらなくなった時(・・・・・・・・)だって処分しやすい。流石に道端とは言わないまでも鳥辺野辺りに捨てて来ればそれまでだ。

 だが、異形の像となったらそうは簡単に済まないだろう? 叩き壊すなり、焼却するなり、それ相応の手間がかかる……」

「……いらなくなった時って?」

 ハッとして天衣丸が息を呑んだ。

 成澄も屈強な体を震わせる。

「では、先に拐われた五組の双子たちは……もう?」

 見ろ、と有雪は二人の視線を再び主殿の像へと引き戻した。

「双子をああやって像として用いる際、薬か何ぞで意識を朦朧とさせているに相違ない。一度や二度ならともかく、あんな扱い方されたら身が持ちはしない。五組入り用だったってことは──使えなくなったから(・・・・・・・・・)その都度取り替える、つまり、次が必要になったということではないのか?」

「──」

「おまえたち、検非遺使はずっと、〝双子〟として捜索していたからな。別々に捨てられたら見つけようがない。まして、今日日、鳥辺野は死骸の山だ」

「何という(むご)いことを……!」

 少年仏師は居住まいを正して合掌した。

 検非遺使は今度こそ大刀に手を置いて、

「外道めら! 許さん……!」

 それをまたしても有雪が止めた。黒衣に白衣が重なる。

「止めるな、有雪! 最早、これまでだっ! 俺はこれ以上、我慢がならぬ。こんな悪行……許してなるものかっ!」

「おうよ、俺もそう思う。だからこそ、だ」

 有雪はいかにもこの男らしい妖しげな微笑を浮かべた。

「こんなおぞましい外法はあそこにいる狂乱・婆沙兄弟で最後にせねばな。悪党どもは絶対取り逃がしてはならぬ。そのために……俺に一計がある」

「?」

「我等ならできる。いや」

 言って、橋下の陰陽師は満足げに天衣丸の方を見やった。

我等にしか(・・・・・)できぬこと……」


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