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検非遺使秘録 §伝説の『白蛇天珠の帝王』とコラボ作あり§  作者: sanpo
双子嫌い 〈全12話〉

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双子嫌い 9

     


「……間違いではないのか?」

 思わず懐疑の言葉が成澄の口を突いて出た。

 今、三人は、有雪の烏が門前で狂乱丸の持仏を見つけたという屋敷を遠巻きにして佇んでいる。

 そこは一町家を誇る豪邸。

ここに(・・・)今現在、誰が住んでいるか俺は知っているぞ。いや、検非遺使なら全員知っている。法橋寛誉(ほっきょうかんよ)殿だ。この屋敷は元々は大殿──前関白の藤原忠実殿の所有だった。それを近年、忠実殿直々に法橋殿に譲り渡されたと聞く」

「法橋と言えば僧の最高位、僧綱の一員ですよね? しかも、寛誉様とは──ひょっとして、広隆寺の、あの寛誉様でしょうか?」

 南都出身の仏師だけあって天衣(てんね)丸が即座に反応した。

「その通り、その寛誉殿さ。寛誉殿はな、ここ最近、忠実殿にいたく可愛がられて……補佐として全ての寺の統制役という重職に就いたのだ。その屋敷だぞ。本当にこんな場所に狂乱丸たちがいるって言うのか? おまえの烏の間違いではないだろうな?」

「フン、場所なんぞで驚いていてどうする?」

 橋下の陰陽師はせせら笑った。

「驚くのはまだ早いわ。この後、双子がやらされることの方がもっと──」

「おい、それはどういう意味だ?」

 凄い形相で検非違使に詰め寄られて流石に有雪も言葉を濁した。

「まあ、俺にも……まだハッキリとは言えぬのだが……」

 夜を待とう、と有雪は提案した。

「何故だ?」

 成澄は殺気立っている。

「おまえの言う通り、ここ(・・)に二人が囚われているなら、それなら、即刻、突入して救い出すまでだ!」

 大刀に手をかけて今しも走り出そうとする成澄。その蛮絵の袖に手を置いて有雪は引き戻した。

「ここに二人がいるのは間違いない。ただ屋敷内の何処にいるか、現段階ではわからないのだぞ。見ろ、この広さだ。突入するは容易だが、探し回っている間に、追い詰められた賊どもに二人が危害を加えられたらどうする? おまえだって、二人を生きたまま(・・・・・)取り戻したいのだろう? 屍体ではなく?」

「ウッ……」

 だからこそ(・・・・・)待て、と言うのだ、といつになく真摯な声で有雪は諭した。

「夜になれば必ず双子は引き出される。それは俺が──この陰陽師が保証する。二人の姿を確認してから動いた方が賢明というものだ」

「──……」

「幸い、二人を狩っ拐った連中は我等がこうも肉迫しているとは思ってなかろう。だから、このまま庭内にでも潜んで……暗くなるのを待とう」

 橋下の陰陽師は更に付け加えるのを忘れなかった。

「二人を眼前で見る、その時こそ(・・・・・)……何もかも明白になるはず。今回の、京師(みやこ)を騒がせた〈双子誘拐〉の本当に意味が、な」



 陽は落ちた。

 有雪が指摘した通り、双子を拐った賊どもは追跡の手がこうまで近くに迫っているとは露ほども思っていないらしい。何の警戒心もなく(しとみ)を開け放し、(にわび)囂囂(ゴウゴウ)と燃え立たせた。

 成澄、有雪、そして、天衣丸の三人は広い庭の築山の繁みに身を潜めて、周囲の様子を見守り続けた。

 屋敷内の何処にも女房や舎人の影は見当たらない。僧衣を纏った僧たちと、屈強な体付きの正体の定かではない水干姿の男たちが二十人ばかりいるだろうか? その誰もがきびきびと立ち働いている。

 やがて、寝殿造りの主殿に護摩壇が設けられた。

 時を同じくして、表門に牛車の止まる音が聞こえた。

 案内役の若い僧に導かれて客人が主殿に入って来た。

 高烏帽子に直垂(ひたたれ)姿、遠目にもわかる貴人の正装である。

 着座したその顔を見て、成澄は驚きの声を上げた。

「あいつ──」

 誰あろう、〈双子拉致犯〉追捕の長・藤原盛房ではないか……!

「怪我は偽りかよ!」

 歯噛みする成澄。片や、有雪は端正な口元を微かに歪めただけだった。

「さあ、これで役者が揃ったな?」

「では、おまえは……ハナから今回の件にあの男(・・・)が絡んでいると読んでいたのか?」

「何度言わせる? 当代一の陰陽師、この有雪様に見通せないものはないわ。そんなことより──いよいよだぞ、見逃すなよ、成澄」

 有雪は声に力を込めた。

「俺の言っているのは盛房なんぞのことじゃない。これから目の前で起こる全てを……しっかりとその双眸で見届けろ……!」

 護摩壇に香が投げ入れたらしく、パッと火の粉が弾けて、主殿の天井高く舞い上がる。

 時を移さず、錦で覆われた本尊と思しき像が屈強な男たちに四隅を支えられて運び込まれた。

 それは護摩壇の背後に(うやうや)しく据え置かれた。

 濛濛(もうもう)と紫炎の(けぶ)る中、黄の衣を纏った僧が進み出て、見たこともない奇妙奇天烈な印を結び始める。

 有雪は振り返って成澄に確認した。

「あれが、法橋寛誉か?」

 錦で覆った像の前、背中をこちらへ向けているので顔は見えなかった。

「多分な。実は、俺とて直々に会ったことはないのだ」

 呪を唱えるその声はくぐもって、思いの他、か細く、成澄たちが潜む築山までは届かなかった。

 三人に聞こえるのは、ただ秋の虫のすざく音ばかり。

 日頃から音曲好きの成澄にとって主殿で繰り広げられている音のない〈行〉は現実感が希薄で、宛ら、異界を覗いているような不可思議な感覚に陥った。

 闇の中、そこだけ禍々しい光に包まれてぽっかり浮き出た別世界。自分たちも虚空に浮かんで覗き込んでいる気がする。或いはまた、あれは壁にかかった曼荼羅で、蠢いて見えるのはこちらの目の錯覚なのかも……

 寒気がして肌が粟立った。

 これ以上、我慢ができない。成澄は傍らの陰陽師の白衣を掴んで揺すぶった。

「何が始まるかと見ていたが──おい、有雪? こんなのはただの〈行〉……貴人好みの密教の修法の類ではないか! この手のものに俺は興味はない。いい機会だ、あそこでこれが行われている間に屋敷に侵入して、双子たちを救い出そう」

「シッ! 今だ、あれを見ろ!」

「?」

 有雪が指差したその先──

 本尊に掛けられていた錦が、今、打ち払われた……! 



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