双子嫌い 7
橋下の陰陽師が目指したのは使庁である。 ※使庁=検非遺使庁
とはいえ、この二人が使庁の中庭で中原成澄と実際に対面するまでには少々時間を要した。
一条堀川の田楽屋敷でこそ分け隔てない付き合いとはいえ、流石に異形の風体、いくら懇意と言っても天下の検非遺使慰を呼び出してもらうのに時間がかかっても当然である。
果たして、出てきた成澄もいつになくぞんざいで不機嫌だった。
「なんだ、おまえか。その者は?」
「天衣丸。ほら、いつかの──狂乱丸たちの持仏を彫った仏師だ」
一揖する若い仏師に頷いてから、成澄は自分の烏帽子に手をやった。
「で? こんな処まで何の用だ?」
「おまえこそこんな処で何をしている? 一大事だぞ!」
成澄は鼻を鳴らした。
「フン、そんなことはわかっておるわ。だからこそ、一刻も早く今後のやり方を検討しようと──こうやってずっと追捕の長を待っているのだ。それを、クソッ、全然捕まらぬ。この後に及んで一体何処で何をやっているのだ、盛房殿はよ!」
「何てことだ! じゃ、何も知らないんだな、おまえは? その長とやらが狂乱丸を連れ出したと言うのに!」
「え?」
事態が飲み込めず、絶句する成澄。
「そのことを知らせようと我等はすっ飛んで来たんだぞ! 全く──」
有雪は露骨に成澄を嘲笑った。
「どうもおまえは今回の件ではハナから蚊帳の外に置かれているようだな?」
今度ばかりは似非陰陽師に真実を見透かされた気がして成澄は顔を背けた。実際そのことは薄々気付いていたのだが。
「盛房殿が狂乱丸を連れ出しただと? それはいつだ? では、まさか、まだ懲りずに狂乱丸を囮に使おうと言うのか? あの……無能なウラナリはよ!」
もはや堪えきれずに地団駄踏んで悪罵する成澄だった。
「あんな奴、〈追捕の長〉の器ではないわ! 父親が元大蔵卿だとか聞いたが、所詮、家柄だけが取り柄の大馬鹿者め!」
「全くじゃ。私はその──大馬鹿者よ……!」
玉砂利が鳴って、顔を上げると今まさに門内に駆け込んで来た一騎がある。
それこそ、追捕の長、藤原盛房だった。
「あ」
成澄が息を飲んだのは己の遠慮のない罵詈雑言を聞かれたせいではない。馬上その人の、肩口から滴る真紅の血、故だ。
「まさか──?」
「やられた……! 今度は……狂乱丸までも……」
無念さに白皙の顔貌を歪ませて藤原盛房は鞍から崩れ落ちた。
「婆沙丸……婆沙丸……?」
「……兄者?」
揺り動かされて弟は薄らと目を開けた。
そのまま暫く身動ぎもせず目の前にある瓜二つの顔を見つめ続ける。そらから、いきなり自分の腕を抓った。
「イタッ! おう、夢じゃない! これは現身の――本物の兄者だ! 良かった!」
勢いよく抱きついた後で、
「でもないか。兄者がここにいると言うことは──」
「ああ。俺も見事に拐かされた」
双子の兄は漆黒の髪を揺らして、改めて周囲を見回した。
「おまえ、ずっとここに押し込められていたのか?」
そこは窓のない塗篭と思しき一室。
つい今しがた、被せられた袋ごと狂乱丸も放り込まれたのだ。
辻取られたのは六条樋口──
二十人はいたろうか? 屈強な覆面の男たちが河原院跡の崩れた築地塀からドッと波のごとく打ち寄せたと思うや、袋を被せられ、肩に担がれ、運ばれた。
車に乗せられ、とうとう建物らしき場所──当地に至ったのである。
最初、狂乱丸は袋の中で視界が利かないせいもあって、自分が運び込まれたそこを人里離れた廃屋の類と推量した。だが、落ち着いて考えると、この室に至るまでの渡殿の長さといい、窓のない一室とは言え、床や壁の材や造りといい……相当の屋敷と思われる。
賊どもは狂乱丸を床に置くと袋を剥ぎ、扉を固く閉ざして去った。
やがて、この明かりのない室内に目が慣れた頃、端に横臥している人影が見えた。
それこそ、懐かしい婆沙丸、分身のごとき弟だった。
「大丈夫か、婆沙? 酷い仕打ちは受けなんだか?」
狂乱丸は兄らしく弟の全身を隈無く撫で摩った。擽ったそうに身を捩って笑うその様子から、どうやら、婆沙丸に怪我はなさそうだ。
「酷い仕打ちといえば──退屈で困ったことくらいじゃ」
拐われてから、ずっとここに閉じ込められているとのこと。
それにしても、と婆沙丸はため息を漏らした。
「俺だけじゃなく兄者も捕まってしまったとは……」
不安そうに瞳が翳る。狂乱丸は額が擦れるくらい顔を寄せると鏡に映る影に囁くようにして言った。
「安心しろ、ただで捕まる俺じゃない。きっと遅かれ早かれ俺もやられると予測していたから抜かりはないわ。ほら──」
月に薄模様の艶やかな袖を振ろうとしたその時、扉が軋んで、暗闇に四角い光が射した。
「──?」




