双子嫌い 6
「有雪の姿が見えぬが……知らぬか?」
田楽屋敷の門前、馬を引いて来た配下の衛士に成澄は質した。
日頃はこれでもかと言うほど目に付くこの屋敷の居候、橋下の陰陽師の姿が今日に限って見当たらない。こんな時こそ、有雪には狂乱丸の傍に付いていてもらいたかったのだが。
「全く、いつも肝心の時におらぬ奴よ」
成澄は改めて部下に屋敷の警護を命じると愛馬に飛び乗った。
まさか、婆沙丸を拉致した連中が双子の片割れを求めて屋敷にまで乗り込んで来るとは思えないが、用心するに越したことはない。
── 婆沙丸? おまえ、今、何処にいる……?
狂乱丸は自身の念持仏を手に乗せて語りかけてみた。
屋敷の中は森閑として、たった一人欠けただけとは思えない静けさだ。
気を紛らわそうと、弟の鼓を鳴らしてみたが、却って胸はさざめくばかり。
── だが、安心しろよ、婆沙。おまえが何処にいようと必ずやこの兄が助けてやるからな!
背後でカラリと襖の開く音。
振り返ると、そこに藤原盛房が立っていた。どうやら成澄と入れ違いになったようだ。
「聞いたぞ! 大変なことになったな?」
大股に室を突っ切って狂乱丸の前に来ると、両の拳を打ち振るって〈追捕の長〉は叫んだ。
「こうなった以上、一刻の猶予もない。大路へ戻ってくれぬか、狂乱丸?」
今回の、〈連続双子拉致騒動〉の総隊長である自分のために、いや、何よりもおまえの弟のために、今一度力を貸して欲しい。盛房はそう言って田楽師に懇願した。
「私には今、誰よりもおまえが必要なのだ、狂乱丸!」
「その言葉を待っていました!」
袖を翻して立ち上がる狂乱丸。
「私だってこんな処にグズグズしてなどいたくない!」
「おい、狂乱丸はどうした? 何処にも姿が見えぬが──」
門前に侍る衛士たちに声をかけたのは、いつの間に、何処から湧いて出たのか、薄汚れた白衣の巷の陰陽師である。肩には例のごとく純白の烏。
「これは……有雪殿?」
衛士たちは吃驚して、口々に訊いてきた。
「先刻、我等が主、中原様が探しておいででしたよ!」
「一体、今まで何処にいらしたのです?」
「大変なことが起こったのです! こちらの田楽師の婆沙丸殿が連れ去られて──」
「なあに。出先で全て耳にしたわ。それで、界隈の妖しい〈気〉の出ている場所を一渡り探って来たところじゃ」
当然だろう、という顔をしてから、有雪は端整な顔を崩して鼻に皺を寄せた。
「それにしても──拉致された婆沙丸が屋敷にいないのはわかるが、狂乱丸の気配すらないのは何故だ?」
「ああ! それならご心配には及びません」
衛士の一人が笑顔で答えた。
「先ほど、追捕の長である藤原盛房様が直々にいらっしゃって、婆沙丸殿を救うべく、狂乱丸殿と一緒に出て行かれました」
「それは、つまり──囮作戦とやらを続行すると言うことか?」
瞬間、有雪の顔が引き攣った。
「馬鹿な! まずい……それは、まずいぞっ!」
日頃の緩慢な動きに似ず、陰陽師は身を翻した。反動で肩の烏がギャッと鳴いて羽ばたいた。
烏はそのまま天空へ舞い上がる。
「おまえは先に行けっ!」
大空を一度旋回した後、矢のごとく飛び去る白い護法。続いて有雪も門を走り出た。
途端、まともにぶつかった人影があった。
「おっと……!」
「──失礼」
懐から零れた小刀を慌てて拾い上げているのは、先日の少年仏師、天衣丸ではないか。
「道祖大路で美しい田楽師が拐われたと聞いて……もしやと思ってやって来たのですが。では、やはり、こちらの?」
「オッ! ちょうどいい! これは僥倖だ! おまえも一緒に来い!」
言って有雪は少年の腕を掴んで走り出した。
「え?」
「事の仔細は道々話してやる……!」




