表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/222

双子嫌い 3

     


 四条は鴨川の(ほとり)

 馬を止め、腕を組んだまま鈍色の流れを凝視している検非遺使・中原成澄を田楽師兄弟が見つけたのは数日後のことだった。

「成澄……!」

「おう、おまえたちか……?」

 いつになく力無く微笑む成澄だった。

「このところちっとも屋敷に足を向けないと、あの有雪さえも気にしていたぞ?」

「有雪が? フン、あいつなら俺に苛められなくて清々しているだろうよ」

「何はともあれ、こうして行き逢ったのも他生の縁。我等と浮かれ騒げないどんな理由があろうとも──今日という今日は引っ張っていくぞ! さあ、兄者、何を知らぬふりをしてる? 一番寂しがっていたのは兄者のくせに」

 自慢の蛮絵も裂けよとばかり婆沙(ばさら)丸が強装束の袖に飛びついた。

「わかった、わかった! わかったから……こら、そんなに引っ張るな!」


「おまえたちから足が遠のいていたのは、今度の騒動がおまえたち(・・・・・)のような──いや、言うまい。よそう」

 久々、田楽屋敷の(しとね)に腰を据えて、盃を持った後でさえ逡巡して口籠る検非遺使だった。

 双子は焦れて口々に詰った。

「成澄らしくないぞ、ハッキリしろ!」

「何か余程言難いことでもあるのか?」

 まずは一気に盃を呷って、それから、いよいよ心を決めたらしく成澄は話し始めた。

「今、我等使庁を悩ませている事柄がある。ここ三ヶ月というもの京師(みやこ)では双子が拐かされ続けているのだ」

「双子?」

 狂乱・婆沙兄弟のあえかな眉が同時に動いた。

「というと、俺たちのような(・・・・・・・)、か?」

「おうよ。去る、八月に始まって、今月までに実に五組の双子が消え失せた」

「男か女か?」

「どちらも、だ。男が三組。女が一組、男女の双子も一組あった。要は双子なら構わぬらしい。身分にも拘ってないようで、舎人や商家の子息、零落しているとはいえかつては参議も出した貴人の双子もいた。年齢は上は二十二、下は十五……」

「消えたきりなのか?」

「今のところ、帰って来た双子は一組もない」

 成澄が語るには──

 最初はそれぞれの親や身内が、突然行方知れずになった息子や娘について騒いでいただけで、双子ばかりいなくなっているとは考えなかった。

 何処で、どういう風にいなくなったのかも未だ判然としない。

 だが、流石に双子の消息不明が五組を数えるに至って使庁は結論づけた。

 今回の騒動、明らかに双子たちは何者かに、何らかの意図あって拉致された(・・・・・)のだ。

 使庁の別当、直々の特命が下り〈双子拉致犯追捕隊〉が編成された。


「その隊長が、成澄、おまえなのだな?」

「いや。隊長は藤原盛房という者。とにかく、そう言うわけで、俺たちはこの一ヶ月というもの日に夜を継いで懸命の探索を続けている。だが、一向に(ラチ)が明かぬのだ」

 成澄は烏帽子に触れながら深い息を吐いた。

 日頃は笛を奏で、田楽を舞い歌う、浮かれ騒ぐのが大好きな陽気な検非違使。そのくせ人一倍正義感の強い男である。五組十人もの人間が消え失せ、その行方さえわからない遣る瀬無さ、歯痒さ。

 今、成澄が抱いている苦悶の深さは削げた頬に色濃く現れていた。

「成澄、これを見ろ」

「?」

 狂乱丸が水干の(たもと)から何やら引っ張り出した。

「ほう? 日光菩薩か?」

 親指ほどの素掘りの像だが、息を呑む美しさが籠もっていた。

 そう、まさに、〝籠もる〟という言葉がピッタリだと、改めて成澄は思った。

 美しさは外にではなく、その小さな像の内側にある。

 (何と言えばいいのだろう?)

 香が匂い立つように揺蕩(たゆた)って来る……そういう美しさだ。

「見事だろう? こういうものを彫る若者がいるのだ。我等も最近知り合ったばかりだが、おまえにも会わせたかったな! 婆沙、おまえのも出して見せてやれ」

 兄に促されて弟も袂を探った。

「知り合った記念にとササッと彫ってくれたのじゃ。本当に手の速い奴……」

「おう! こっちは月光(がっこう)菩薩か!」

 久々に検非違使は笑顔を燦めかせた。

「顔はおまえたちに似せたのだな? こりゃ、菩薩の装束や印が違わなかったら、それこそ道に落としでもしたら、どっちがどっちの持仏かわからなくなる。本当に生き写しだ!」

「それよ」

 狂乱丸、的を射たとばかりニヤリとした。

「成澄、その通り。我等は生き写しの双子じゃ。ならばこそ、今度の騒動──おまえを悩乱させている双子拉致犯とやらの探索に我等を使わぬ手はないぞ?」

 自分たちを囮にして、寄ってきた輩を一網打尽にしろ、と狂乱・婆沙の田楽師兄弟は提案した。

 ところが、これに成澄は頑として首肯しなかった。

「反対だ。危険過ぎる。おまえたちの身に万一のことがあったら……」

 狂乱丸は笑い飛ばした。

「日頃の威勢はどうした、判官殿? 京師の治安を一手に担っているのはおまえたち、検非遺使なのだろう? その頼もしい検非違使に守られての囮じゃ。何を恐ることがある?」

 婆沙丸も頷いた。 ※判官=検非遺使の位の名。(じょう)を指す

「それとも──誰かは知らぬが、双子を狩っている、その悪党の方が(・・・・・)天下の検非遺使より強いとおまえは認めるのかよ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ