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双子嫌い 2

     


「そうか。おまえさま方は双子か。ふーむ? 天の技には勝てんな! こんなにそっくりに人を作り上げるとは……」

 一条堀川の、通称、田楽屋敷。

 そも、田楽は田植え神事から起こった。

 稲の健やかな成長を祈った儀式が邪を祓う祭りとなり、綾羅錦繍(りょうらきんしゅう)の装束、独特の楽器で賑やかに奏す歌や踊りが人気を呼んだ。都大路を埋めて老若男女が熱狂した〈嘉保の大田楽〉〈永長の大田楽〉は今も都人の語り草である。

 法師からなる本座、俗人からなる新座があって、新座を統べる長が初代犬王、この田楽屋敷の主であった。犬王急逝後、跡目を継いだのが狂乱丸なのだ。

 さて、供された膳のものを美味そうに頬張りながら天衣(てんね)丸は(しき)りに頷いている。

「一人でも美しいが、その美しい顔が鏡のごとく生き写しじゃ! 名工と称えられる俺の祖父や父とて同じ像は二つは造れぬ。例えば、観音・勢至(せいし)二対の脇侍仏なども、どうしてもどこか違ってしまうものだ」

 聞けば、天衣丸は南都から流れて来た仏師の息子だと言う。 ※南都=奈良

 都が京に移って以降、仏像の製作も自然、こちらの円派に独占され、向こうは寂れるばかり。修行とは名ばかり、京師を彷徨って鬱々と日を送っているとか。なるほど、少年の質素な装束にも実情が見て取れた。

 だから、俺は仏師には拘らない。もっと良い仕事があればいつでも鞍替えするつもりさ、と言うのを聞いて陰陽師が薄く笑った。

 ひょっとして貴人の出か、と思わせるほど一見麗容なこの男、口を開いた途端、胡散臭くなる。

「フフン。俺の弟子にしてやっても良いぞ。だが、俺の見たところ──口で言っているほど、おまえ仏師を嫌ってはおらぬな? どうだ、図星だろう? 俺には人の本心を見抜く眼力が備わっているのだ」

「眼力などいらぬわ。そんなこと我等にだってわかる」

 狂乱丸が鼻を鳴らした。

「そら、本当に彫ることが嫌いなら、あんな風に道端で一心不乱に彫り続けられるものか!」

「チェッ、掘るのは好きさ。だが、所詮、腕が全ての世界だ。玩具は彫れても仏像となるとそうはいかない」

 天衣丸は暗い目をして椀を持つ己の手を見下ろした。

「俺の手は荒い。祖父や親父に何度怒られてもこればっかりは直せない。手の筋ってものは生まれつき決まっているものだ」

 彩羅錦繍の派手な装束の兄弟に目をやって、おまえ様方も芸を売る田楽師ならそこら辺はわかるだろう、と言う。

「なるほど、俺は早く彫ることも、似せて彫ることも巧みだ。周りの誰にも負けない自信はある。だが──」

 仏師の息子は彫り痕──(のみ)癖の荒さに自ら悩んでいるらしかった。

天衣丸(・・・)とは、仏像の天衣(てんね)……あの襞をどうやっても優雅に、たおやかに彫りきれない俺を茶化して仲間が付けた名なのさ」

 自嘲する如く口を歪めて少年は笑った。

「そんなものかな?」

 田楽師の兄は酒瓶を傾けながら優しく言う。

「おまえの彫った猫や蝸牛を見たが──皆、生きているようで驚いたぞ。あの生き生きした、一瞬の内に命が凝縮したような像は、逆におまえの手の荒さ……激しさから来るのかも知れないじゃないか?」

「その通りだ!」

 弟も頷いて、

「そう自分を卑下するなよ、天衣丸! 荒さや激しさを馴らそうとばかりしないで、一遍素直に、思う存分解き放って(・・・・・)みたらどうだ?」

「え?」

「これは知り合いの検非違使の言葉だが。馬だって荒馬ほど名馬になると言うぞ。その場合、無理やり力を削ぐことばかり考えないで、思いっきり牧を走らせてやるのだそうだ。存分に走らせてやると馬は自分の速さと強さを知る。己の力を知った後でこそ、馬はおとなしく人の言うことを聞くようになるとか」

 いかにも検非違使の言いそうなことではある。

 改めて解説するまでもないが、検非遺使とは都の治安を護る重職である。

 嵯峨帝の御代に設置され、代々左右衛門府より武略軍略に卓越した官人が選抜されて来た。

 警察と司法の両方を司るこの検非遺使、蛮絵と称する獣文様の黒衣を纏って一目でそれと識別できる。

「おまえも〝荒さ〟を制御することだけに囚われないで存分に行く処まで行ったらどうだ? 自由に走らせてやれ! おまえが自分の荒さ、激しさをとことん知り尽くしたら、その果てに……その時こそ乗りこなせる、いや、己の手を使いこなせる(・・・・・・)かも知れんぞ?」

「……そんなこと言われたのは初めてだ。存分に? とことん解き放つ? そうか──」

 天衣丸は真剣に考え込む風であった。

「おい、ところで──その検非遺使(・・・・)とやらはどうした? このところちっとも姿を見ないが?」

 有雪、盃を舐めながら意味深に笑った。

「ハハァ? これは、きっとまた、どこぞの姫君に懸想して通いつめているか……でなければ、何か騒動が持ち上がったな?」


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