双子嫌い 1 ★
本編を始める前に、ここまで読み進めてくださった皆様、ありがとうございます。
内容をより理解し易いように、今一つ掴みどころのなかった田楽師の楽器の参考図を掲示いたします。
Aは鼓。でも、どう見ても足で挟んでる? アクロバテックな舞いは田楽の売りでした。
B、Cが、編木子の類。打楽器で薄い板や竹を重ねて上部を束ね、両端を持って音を出す。
ちなみに図柄は「鳥獣人物戯画」高山寺蔵よりイメージ転写しました。本作はもっと天才的でダイナミックなタッチです。
では、改めまして、本編へ──
「なあ? 婆沙丸? 俺の目はどうかしたのだろうか……」
耐えかねたように兄は言った。
「ほら、あの八手の葉陰に大層美しい猫がおるが。だが、どうもおかしい。葉っぱより小さく見える。おまえはどうじゃ?」
「むむむ……確かに」
弟も漆黒の髪を揺らして同意した。
「すわっ! 化け猫なら有雪の出番じゃ! 呼んでくる」
婆沙丸が屋敷の中へ取って返している間、狂乱丸は用心しながらもゆっくりと繁みの下の猫に近づいて行った。
「おう! これは──」
肩に白い烏を留まらせた白衣の陰陽師が、昼寝を中断させられて欠伸をしいしい出てきた時、件の猫は狂乱丸の手の上にあった。
傍らには童が一人、ピョンピョン跳ねて喚き立てている。
「やい! 返せ! それは俺のだ! 俺がもらったんだからなっ!」
「やれやれ。化け猫とは、それか、狂乱丸?」
「すまぬ、有雪。早とちりだった」
「兄者?」
狂乱丸は手の中の猫を弟の方へ差し出しながら、
「これは作り物じゃ」
今や兄弟は別の意味で驚きを隠せなかった。
「それにしても──よく出来ている! 大きさ以外は本物と寸分も変わらないぞ?」
「なまじ我等、目が良いだけに、こうしっかり彫られては、小さくとも生きてるように見えたのじゃ」
無位無冠の巷の陰陽師・有雪も自分の手に取ってつくづくと眺めながら、
「確かに。よく彫られているな」
「おい、返せったら! それは俺のだからな!」
「わかった、わかった。ところで坊主、これを何処で手に入れた? もらったとか言っておったが?」
あっち、辻々でいくらでも彫ってくれる兄ちゃんがいるんだ、と言い残すと、せっかく手に入れた自分の玩具を異形の輩に盗られては大変とばかり、童は猫を懐に抱いて一目散に駆け去ってしまった。
果たして。
幾つか辻を巡った後で、遂に狂乱丸たちはやたらと子供の声の響く一画へ行き当った。
輪になって連なった子供たちの真ん中、そんな子供たちともさして歳の違わない少年が器用に小刀を動かしている。
今しも、その手の内で蝸牛が彫りあがった。
既にもらっている子等は手に手に件の小さい虫を翳して流行歌など歌ってご機嫌だ。
「舞え、舞え、蝸牛~~」
「舞わぬものならば~~」
「馬の子に食わさせて~ 踏み割らせて~」
「やあ! その蝸牛なら、華の園で~~ 遊べるぞ!」
「!」
婆沙丸の言葉に少年は手を止めて顔を上げた。
歳の頃十四、五。眉のキリリと上がった精悍な顔立ちである。
「見事な技じゃ。おまえ、名は何と?」
「天衣丸。……フン、何が見事なものか」
少年は彫り上がった蝸牛を待っていた童に投げ与えると腰を上げた。
「今日はこれまでじゃ」
「待て、天衣丸とやら」
慌てて兄弟は後を追った。
「我等は狂乱・婆沙と言う、見た通りの──田楽師じゃ。良かったら、屋敷まで来ないか? ぜひとも今宵の宴に招待したい……!」




