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白と赤 22




「なんだ、なんだ? 何故ここにイチトイ女房がいたのだ?」

 

 女房が出て行った妻戸を振り返って急き込んで質す成澄(なりずみ)だった。

「俺が必要としていた書物を届けてくれたのさ」

「あ!」

 有雪(ありゆき)が顎で示した床の上の包みを見て再度驚く検非遺使尉(けびいしのじょう)

「こりゃ凄い!」

「全部、ご自身の所有(もの)だそうだ」

「全部? 自分で蔵していたのかよ?」

 成澄は烏帽子(えぼし)に手をやった。

「水臭いなあ! ソレを教えてくれたら俺だってこんなに駆けずり廻らなくても良かったのに!」

「それだけじゃない。俺に自身が読み解いた三柱鳥居(みはしらのとりい)の由来を教えてくれた」

「え?」

「あれは〈異教の神〉を祀っているのだとさ」

「それは本当なのか?」

「わからん。正直、俺には何とも言えぬ」

 さっきまで女房の座っていた文机(ふづくえ)の前に腰を下ろすと有雪は頭を掻き毟った。

「俺に言わせれば――三柱鳥居の宮司は天之御中主神アメノミナカヌシノカミを祀っていると言っていたろ? それは間違ってはいない。この神は天地開闢(かいびゃく)の際に高天原に最初に出現した高御産巣日神(タカミムスビノカミ)神産巣日神(カミムスビノカミ)とともに〈天地開闢の造化()神〉と呼ばれている。その際、()度だけ現れ、すぐに姿を隠した()神の()人じゃ。 その後お隠れになって二度と現れない。また、性別のない(ひとり)神でもある。

 こう聞くと、どうだ? 〈三〉と〈一〉を表すあの鳥居に合致しているだろ? つまり、そういう解釈だって出来ると言うものさ!」

 ボソリと呟いた。

「あの女房、わざと違った読み取りをして見せて俺達を攪乱させる気なのかも知れぬ」

 検非遺使はギョッとした。

「何故?」

「なんとなくそんな気がしたまでさ」

 有雪は仰向けにひっくり返った。

 目を閉じると闇の中に蛍火のように明滅する光が見えた。

 あの小さな光が答えだ。俺を招くように煌いている。とっくに答えは掲示されているのだ。ただ俺が解けないだけで……

 見えそうで見えないもの。

 また美しい田楽師の言葉が脳裏に木霊(こだま)した。

 

 ―― 見た目が全てではないぞ。目に見えるものに惑わされてはならぬ。

 

 光ではなくむしろ闇の中に答えがある?

 闇といえば、暗い虚ろ……(ほら)のようだったな、イチトイ女房の目。

 俺をじっと見つめていた。

 覆面から唯一露出している部分なのに、覆われている部分(それ)より(くら)かった。

 あの女房の読書量は半端じゃない。

 だから口にしたことは全て真実なのだろう。

 だが、どうしても、心から頷けないのは何故だ? 言ったことより言わなかったことの方に真実が隠されている?


「あの女の言うことは信じられない」

 口に出して有雪は吐き捨てた。

「喋れば喋るほど、言葉を重ねれば重ねるほど、信じられなくなる……」

「わかるよ、その気持ち!」

「おまえもそう思うか?」

 パッと起き直って友の顔を見る。

「うん! 俺も、いつもおまえ(・・・)に感じるよ。ソンナカンジ」

「ちぇ、そこかよ」

 再びひっくり返る有雪。

「学があるヤツはどうも胡散臭くていかんな? その点、俺は単純明快で気持ちよいだろう? アハハハハ」 

 唯一の明り取りである高い窓へ寄ってカラカラと成澄は笑った。

「見てみろ、有雪、凄い雪だぞ! こりゃあ積もるな? この部屋にも即刻、火桶(ひおけ)を用意させよう」

「火桶より酒だ。そっちの方が温もる」

「結局それか? 夜を徹して調べ物をするんじゃなかったのか?」

 とはいえ、検非違使は嬉しそうに胸を叩いた。

「ならば、俺も付き合うぞ。調べ物には付き合えないが酒の相手なら任せておけ!」

「そう言えば――」

 思い出して有雪は微苦笑した。

「我々が日々恩恵を蒙っている、この〈酒〉をもたらしたのも(くだん)の一族―(はた)氏らしいぞ」

 この前の三柱鳥居のある社の近く、その名も大酒(おおさけ)神社、そして嵐山の松尾大社……

「酒に土木工事に機織(はたお)りに養蚕(ようさん)……なんにせよ、偉大なる一族だな!」

 ガバッと起き上がった有雪、

「機織り――太秦(うずまさ)の機織りの爺様……」

「なんだなんだ、どうした?」

 2枚目の絵をまじまじと見つめる。

「この絵を蚕だと指摘した爺様、太秦(・・)に住んでいると言ったよな?」

「うむ。それが?」

「蚕に詳しいはずだ! うっかりしていたが太秦とは山城(やましろ)の別名じゃ。つまり、その爺様も秦氏の民だ!」

「ソレの何処(どこ)が変なのだ? 機織りなら蚕に詳しいだろうし、太秦に住んでいるから秦氏の一族……至って当然のことだろう?」

「何かが引っ掛かる……太秦、太秦……おい、成澄、最近、機織りの爺様以外でこの名(・・・)を目にしたり聞いたりしなかったか?」

「いや? 俺は覚えがないが」

「《古事記》、いや違う、《日本書紀》は何処じゃ?」

 有雪は女房が置いて行った包みに飛びつくと巻子本(かんすぼん)を漁った。

「何故、山城のあの辺りを〝太秦〟と言うかと言うとだな、雄略天皇の御世、秦氏の長の秦酒公(はたのさけのきみ)が貢物の絹を朝庭に、禹豆麻佐(うずまさ)に積み上げたそうだ。ソレを帝が大いに喜んで、以来、秦氏の自領は太秦と呼ばれるようになった。禹豆麻佐と言うのは、(うずたか)く積んだ姿である。……そんな一説が、確か《日本書紀》に記されていたはず」

「だから、何だ? 今度の災厄、〈血染めの兎歩(うほ)〉にどう繋がる?」

「――」

 書を捜す橋下(はしした)の陰陽師の手が止まった。

 検非遺使の言う通りだ。またしてもプッツリと糸が切れてしまった。





「――」 

 

 糸が切れてしまった。

 布で覆った娘の手が止まった。宮司の呼ぶ声で思わず力が入り過ぎたせいだ―― 


「サン、サン、出ておいで! イチトイ女房殿がおいでだぞ! この雪の中を……」


「おおい、サン! 聞いているのか?」


「は、はい、ただいま参ります」

 黒い領布(ひれ)の中でサンはそっと胸に手を置いた。

 懐の中に秘めた青い玉の数珠。美しい田楽師が授けてくれた御守り。


「狂乱丸様……」






「さあ! 飲め! 途切れたものは仕方がない!」 

 

 早速運び込まれた大甕から酒を汲み取って成澄は陰陽師の盃を満たした。

「ここは、我等、素直に秦氏の恩恵に授かろうではないか!」

「そうだな」

「ところで――白烏(しろからす)はどうした? まだ戻って来ないのか? この雪だぞ? 大丈夫か?」

「あいつなら心配ない」

 盃を持っていない方の手で有雪は自分の肩を撫でた。

「フフ、どんなに長い時間、遠い距離、離れていようとも、あれは必ずこの肩に戻って来るからな」

「ソリャ凄い! まあ、あの鳥の賢さには気がついていたがよ。なあ?」

 珍しく検非遺使が難しい顔をした。

「猫だって長く生きると人間(ひと)になるとか聞くぞ。俺は思うのだが、あの白烏など、いつか帝王に成りかねん」

「帝王? 獣帝かよ? ハハハ、そりゃ、ない、ない」


 こうして始まった酒盛り。

 だが、二人が、曲りなりにも笑って酒に興じていられたのはその夜が最後となった。

 翌朝、八回目の血染めの兎歩が出現したのである――


 

 もはや逃れられない運命、

 大切な者たちの絆を断ち切って、終幕へと雪崩落ちる、

 その終わりの始まり…… 






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