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白と赤 21 ★




「まだあります。この4枚目の鳥居の絵が〈異国の神〉を現しているとしたら、3枚目のこれ」

 女房は檜扇(ひおうぎ)を動かした。

「ここに描かれた輝く〈金の十字〉と見事に(つな)がるではありませんか? 前にも言いましたが十字の形は景教の象徴。

 大秦景教(だいしんけいきょう)流行中国碑りゅうこうちゅうごくひの天辺にもこの十字の文様が燦然と刻印されています」



挿絵(By みてみん)



 長い間、有雪(ありゆき)は口を(つぐ)んでいた。

 どれだけ経っただろう。漸く言った。

「読み取りとしては面白い。貴女が示してくれた数々の根拠には感嘆するばかりだ。敬意を払おう。だが、まだ(・・)だ。俺は承服しかねる。このくらいの理由ではまだ(・・)決定的とは俺には思えない」

「そうですか。私が今言ったことでは満足できない? ふうん?」

 意味深に女房は笑った。

「フフ、ひょっとして、私はもっと明確で決定的な答え――〝根拠〟を持っているかも知れませんよ?」

「ならば、それらも全部、教えてくれませんか?」

 女房は首を振った。

「さあて。賢い者は、簡単に己の手の内を(さら)け出さないものです。違いますか?」

 含みのある言い方。

「貴方様だって、まだ(・・)私に隠してることがおありでしょう? 初めて見せてくださったこの4枚目の絵意外にも?」

 イチトイは2枚目、〈緑と白〉の絵に流し目をくれた。

「こちらの絵について何か新しい情報がもたらされたそうですね?」

「そ、それは――別に隠していたわけではない」

 慌てて有雪が言う。

「貴女に会った後で寄せられた話だったから――」

「ではお教えください。この絵に関する新しい話とは何?」

「うむ、機織(はたお)りの爺様――太秦(うずまさ)に住む古老が言うには、これは桑を食む蚕の光景だとさ」

「まあ! 面白い! 蚕ですって!」

 初めて聞く女房の上擦った声。

「そう言われれば、そのように見えなくもない。 でも、残念ね?」

「何が残念なのだ?」

「だって、ソレだと繋がりが全く見えないわ」

 改めて女房は貼ってある4枚の絵の上で扇を揺らした。

「恐ろしい〈血染めの兎歩(うほ)〉に関わる重大な夢告がこの4枚の光景なのでしょう? そして、これらは全て繋がっている、或いは、共通の何かを示している――」

 扇に結んだ7色の紐が有雪の胸を掠めた。太刀なら血を吹いている。

「失礼――その繋がった見えない(・・・・)〈糸〉を捜そうと貴方様は博学の頭を絞って躍起になっておられるのではなかったかしら?」

「そのとおりだ」

「私の読解なら、3枚目と4枚目は繋がるわ」

 

 十字の印……景教……異教の神……


「でも、〈蚕〉では何処にも繋がらない。この蚕は(・・・・)糸を吐かない(・・・・・)。皮肉ですこと!」

「う」

「有雪、待たせたな!」

 ここで――

 両腕に包みを抱えて飛び込んで来たのは成澄(なりずみ)だった。

 長身の検非遺使尉(けびいしのじょう)は意気揚々と叫んだ。

「見てみろ! 方々飛び回って、要望の書物を見事、集め終えたぞっ! 早かったろう? これが俺の実力さ! いや、誉めなくてもいいからな! アハハハハ……」

 高笑いの大口を開けたまま目を見張る。

「って、あれ? これは、イチトイ女房殿?」

「では、この辺で私はお(いとま)することにしましょう」

 衣擦(きぬず)れの音とともに女房は立ち上がった。

「陰陽師様、これから先は貴方様がお一人でよおくお考えになってみてください。私の意見を支持されるにしろ、反駁(はんばく)なさるにせよ……」

 じっと有雪を見つめる。

「貴方様の完璧な〈謎解き〉をお聞きするのを楽しみに、私は日々過ごすことにいたします」

 覆面の女は独り言のようにそっと言い添えた。

「これで少しは退屈せずにすむというものじゃ。このクダラナイ地上に生き永らえて」

 パッと翻る綾織りの裳裾。

「ごきげんよう、判官(ほうがん)様」

「は、はあ」







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