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白と赤 18

 


 

 確かにそれはそこにあった。

 京師(みやこ)の西北、山城(やましろ)の地。

 小さな社の境内の一隅。

 正三角形に組み合わされ隣り合う鳥居同士が柱を共有するため柱の総数は3本である。笠木を井桁状に組み、貫は柱を貫かない。浅いせせらぎの中に建っていて、その中央には神座が設けられていた。


「正式には三柱鳥居(みはしらのとりい)と申します」


 検非遺使尉(けびいしのじょう)と帝の(代理の)陰陽師の来訪とあって急ぎ駆けつけた宮司が説明してくれた。

「ご覧の通りこの鳥居は禁足の地で人が潜ることはできません」

「それにしても変わった形だ! こんな鳥居は初めて見ました」

 剛毅な検非遺使は率直に驚愕の声を上げる。

「ううむ? この種の鳥居は他所にもあるんですか?」

「昔は我が国の方々にあったとも聞いていますが、今残っているのはここと、私の知る限りでは飛騨の山奥、白山神社の近くに一社」

「ぜひ由来をお教え願いたい」

 烏帽子(えぼし)を被り黒衣を纏った、朝、(つぼね)を訪れたままの姿の有雪(ありゆき)が神妙な口調で尋ねた。

「この社の創建年月日は不詳ですが延喜(えんぎ)式内社として数えられ、古書には大宝元年(701)四月三日の条に神社名が記されております。学問と祓いの神として天之御中主神アメノミナカヌシノカミを主に奉り、上は天神に至り下は地神に渡る……広隆寺創建とともにこの地へ勧請されたと伝わっております」

  ※天之御中主神=天地開闢の際に高天原に最初に出現したとされる神

 

 澱みなく宮司は語る。  

「巷説ではこの鳥居は〝世界の中心を表している〟とも言われていて……それ故、何処からでも拝めるこのような形なのかも知れません」

 誇らしげに鳥居の足元を指差した。

「ほら! 絶えることなく鳥居を(そそ)ぐこのせせらぎは〈(ただ)すの水〉と呼び習わされています。〈糾す〉とは身を〝糾す〟……身を〝清める〟……そういう意味です」

「ふうむ」

「払いの神とありがたがられるわけだ!」

 相槌を打つ二人に宮司は恐縮しつつ訊いた。

「それにしても、京師の検非遺使様と蔵人所(くらんどどころ)の陰陽師様がわざわざお越しとは……何か特別の御用がお有りなのでしょうか?」

 距離的に近いとはいえ、実は山城は国府が置かれ京外(洛外)とされている。京師・平安京の〝外〟と言うわけだ。白河や六波羅、鴨川河川敷もそれに当たる。

「うむ、実は」

 言いかけた検非遺使の袖を引いて陰陽師がずいっと前へ出た。

「いや、偶々(たまたま)この辺りを通ったので噂に聞く鳥居を拝んで行こうと思ったまでじゃ」

「有雪――」

「わざわざのご説明感謝申し上げる。それでは、私たちはもう少しこの近辺を散策したいと思います。どうかお構いなく」

「はあ、そうですか――」

 幾分訝しげに会釈して去って行く宮司だった。

 その姿が見えなくなるのを待って成澄(なりずみ)が訊いた。

「それで? 今の説明で何かわかったのか、有雪よ?」

「いや」

 あっさりと首を振る橋下(はしした)の陰陽師。

「だが、古い寺社の由来は皆、あんなものだ。悠久の時の流れに晒されて真実を見つけ出すのは容易ではない」

 改めて有雪はその特異な鳥居を眺めた。

「世界宇宙の中心か。まあ、宮司の語ったことは真実なのだろう」

 何処から見てもその中心を拝することが出来る三柱鳥居……

「しかも、厳密には三方向(・・・)だけではないぞ」

 有雪は天空を指差した。

「上から見た図を俺は描いたろう? 古来より三角形は神秘の印だ」

 橋下の陰陽師の薀蓄(うんちく)披露が始まった。

「呪術における三角形は〈再生〉を意味する。古代の鏡や器に嫌と言うほど刻まれているぞ。また、何処から見ても1点と2点を結んだその形状が〝天と地〟を表しているとして、〈世界全て〉〈宇宙〉を象徴していると見做(みな)される」

「ほう?」

「遥か彼方、砂の王国の王の墓は三角形だと言うしな」

「ムム? つまり?」

「つまり、この鳥居は周囲三方向に加えて上下の方向――天と地の出入り口をも示していることになる」

「そ、そうなのか? ソリャ凄い! 何のことかさっぱりわからぬがよ。うん?」

 チンプンカンプンで首を捻った成澄の目が小さな影を捉えた。

「おや、あれは?」

「サン!」

 木立の向こうでこちらを伺っているその姿を見るや、狂乱(きょうらん)丸が嬉しそうに声をかけた。

「出でおいで、サン! 怖がらなくても大丈夫。ここにいるのは、皆、俺の知り合いじゃ」

「狂乱丸様……」

 恐る恐る近づいて来たのは特異な装束の娘だった。

「先ほどこちらの門前に早馬が乗り付けたというので――それで何事かと心配になって……」

「何、心配には及ばぬ。今日はこの者たちに案内役を請われて、俺も騎馬でやって来たのさ!」

 娘の傍らに駆け寄ると狂乱丸は一同を振り返った。

「紹介するよ! これがサン。俺にこの鳥居を教えてくれた娘じゃ」

「初めまして。サンと申します」

 サンは深々とお辞儀をした。

 成澄、有雪、そして婆沙(ばさら)丸――その場にいた者は、刹那、息を呑んだ。

 前もって聞いてはいたが、娘の異様さにたじろぐ。

 笠に黒い領布(ひれ)、両手両足の先まですっぽりと布を巻いている。

「皆様のお話のお邪魔をして申し訳ありませんでした。では、私はこれで」

「おう、すぐに後で行くからな、サン!」

 逃げるように駆け出す娘に狂乱丸は笑いながら叫んだ。

「待っててくれ! いつものように!」

「ううむ! 婆沙丸の言っていた通りだな!」

 思わず成澄が呻いた。

「サンのことか? へえ? 婆沙丸は何と言ったんだ?」

「『蓑虫みたいに厳重に体を包んでいる』って教えたのさ」

 悪びれずに弟が即答する。

「ほら! まさに俺の言葉通りだったろ?」

「言い得てるな!」

 狂乱丸は爽やかに笑った。

「おまえたちは初めて見たから吃驚しただろうが、俺にはあの姿が好ましいよ!」

 娘の後姿を目で追いながら言う。

「蓑虫がそうであるようにあの硬く閉ざした内側にちゃんとあの娘が息づいている……」

「ふうん? 本当の姿は自分だけが知っていればいい、か?」

 ニヤニヤして顎を撫でる(ちまた)の陰陽師。

「いや、それも少し違う」

 狂乱丸はさっと首を振った。

「俺だって知らなくていいよ。目に見えるものが全てじゃない。むしろ、目に見えない方が本当のことがよくわかるって、あるだろ?」

 桜色の唇から吐息が漏れる。

「目に見える部分――特に美醜は嘘をつく。容易に人を欺くからな」

 三人は三者三様に同意した。

「その通りじゃ!」

「うん、特におまえ(・・・)を見ていると良くわかる!」

「そう、兄者は美しいが意地が悪いものな!」

「おい、おまえたち――かなり本気で言ってるだろ?」

「大当たり!」

 一頻(ひとしき)り笑った後で、狂乱丸は再び誰に言うともなく言った。

「あの()はあのままでいいんだよ。確かにそこにいるから(・・・・)。外側などどうでもいい。内側の存在だけで俺の心は安らぐんだ。暖かい温もりが伝わってくる」

 長い睫毛を伏せて付け足した。

「あの娘とならずっと一緒にいたい。この暖かさを一生感じていたい」

「兄者、ソレは、つまりー」

 婆沙丸は厳かな口調で訊いた。

夫婦(めおと)になりたいってことか?」

「まあな!」

「でも、夫婦になったら――いくらなんでもあのままじゃあいられないだろ! やはり中身を見なくては!」

 生真面目な検非遺使尉の言葉に一同またどっと笑い出す。

「アハハハハ…… 全く!」

「これだから、ハハハハ……!」

「おまえは無粋で野暮だといわれるのじゃ! アハハハ!」

 明るい笑いの渦の中で、聞いたことがないほど柔らかな声で有雪は言った。

「おまえは正しいよ、狂乱丸。『鬼と女とはひとにみえずぞよき』と〝虫愛づる姫君〟も言っている」

「じゃ、俺は、これで!」

 くるりと背を向けると、狂乱丸は先刻娘が消えた同じ方向へ駆け出した。


「あ~あ、愛しい娘がいるっていいなあ……!」

 心底羨ましげに呟く弟。

「全くだ!」

 深く頷くと成澄は有雪に顔を向けた。

「で? 俺達はこれからどうする?」

「京師へ戻るさ! そして――調べ物をする。成澄、できるだけ早く俺の言う書物を集めてくれぬか?」

「諾! そういうことなら任せておけ!」

 有雪は腹を(くく)った。やはり、この先は自分で徹底的に調べるほかなさそうだ。謎を繋ぐ糸、隠された暗合を見つけ出さねばならない。

「〝護法〟はどうする? 呼び戻さなくていいのか?」

 婆沙丸の言葉に有雪は空を仰いだ。

あいつ(・・・)は好きにさせておくさ。ここは山気溢れる美しい土地じゃ」

 天高く旋回している白烏(しろからす)を目で追ってまたも羨まし気な声を上げる弟の田楽師だった。

「いいなあ! きっと、今、あいつの目には三柱鳥居の天の入り口がはっきりと見えているのだろうな!」


 そう。空からは何でも見える。

 この時、白烏が見ていたのは天上に開いた三角形だけではなかった。

 境内の片隅の小屋の前で仲睦まじく語らっている美しい若者と笠を被った娘。それから、そのずっと奥、社の裏側の(まがき)の後ろに止まった牛車。

 牛車からは綺羅綺羅しい()だし(きぬ)が覗いている。



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