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白と赤 16




「よもやおまえがあれほど崇高な志を持って日々を過ごしていたとは……!」


 (つぼね)より退出した二人。

 大内裏(だいだいり)北の朔平門(さくへいもん)から一条大路に出た途端、中原成澄(なかはらなりずみ)は感嘆の声を発した。

「いやあ、大いに見直したぞ、有雪(ありゆき)!」

「フン、何を今更。俺は生れ落ちて以来、高邁な生き方を貫いてきた男だ」

 いつものごとく(うそぶ)いた後で有雪は形の良い唇を歪めた。

「それより――おまえこそ、何が『俺に任せておけ』だ。スカスカ爽やかなのは脳髄だけで弁舌の方はまるっきり爽やかではなかったではないか」

「うっ。そ、それは、その、慣れぬ局だったから……使庁とは勝手が違ったのだ……」

 紅潮する検非違使を横目で睨みながら、更に有雪は(なじ)った。

「その上、俺が止めたのに夢告の絵をホイホイ見せるとは、軽率にもほどがある」

 即座に成澄は言い返した。

「なんでだ? だって、あの絵を俺達は京師(みやこ)の往来や辻で誰彼となく見せて来たではないか。学識ある女房殿に見てもらって教えを請う――これの何が悪い?」

「そこさ! 無辜(むこ)の民、無学の(やから)の素直な目こそ、真実を見抜くものだ。反対に、日頃、博識を誇っている自惚(うぬぼ)れた人間ほど、穿(うが)った見方をして却って話をややこしくする」

「……それ、自分のことを言ってるだろ、有雪?」

「五月蝿い! とにかく、学問のある人間は用心するに越したことがないのさ! だいたい、あの女房、どういう素性なのだ? やたらこちらのことに詳しかったが」

 

 ―― 帝の陰陽師様が命に変えて残された夢告とか……

 ―― お身内を早くに亡くされて寺に入られた……

    私達は似ておりますね?


「うむ、あのイチトイ女房殿は本人も言っていたとおり、現在、勲子皇后の一番のお気に入りだ。だから帝の周辺のあれこれに詳しいんだろう。養父は大学の(かみ)で、名は大生部典輔(おおふべのりすけ)と言ったかな。流行り病で親族と死別した話は俺も初耳だったが」

大生部(おおふべ)?」

 有雪は首を捻った。

「ちょっと待てよ、その名。何処(どこ)かで見たことがあるような……」

「そりゃあ、今をときめく女房殿だ。京師の彼方此方で評判になっているだろうさ!」

 検非違使は肩を揺すって豪快に笑う。

「おまえも今日、その目で見てわかったと思うが、学識豊かで賢くて、オマケに絶世の美女と来る。何しろ美しすぎて、姫君たちの不興を買うのを避ける為、常に覆面姿だというのだから! いやはや、心配りも見上げたものだ!」

「イチトイ……大生部……」

 口の中でブツブツ言っている陰陽師に成澄は改めて訊いた。

「なあ? おまえ、そんなにイチトイ女房に絵を見せるのがいやだったのか?」

俺じゃない(・・・・・)

 有雪は烏帽子(えぼし)ずらして頭を(さす)った。

「どうも……布留(ふる)の奴が嫌がっていた……」

「え?」

「まあいい、それに、幸い全てを見せたわけじゃないからな」

「え?」

 再度、検非遺使尉(けびいしのじょう)は驚いた。

「夢の絵の光景はあの三枚だけではないのかよ?」

「実はもう一枚ある」

「いつの間に? 聞いてないぞ、俺は」

「当然じゃ。俺以外まだ誰も知らぬわ」

 橋下(はしした)の陰陽師は北叟笑(ほくそえ)んだ。

「今朝、俺は布留に足首を掴まれて派手に転倒しただろう? 火花が散ったよ。その際、頭の中で浮かび上がった光景があった……」

「なんだと? では、直ちに天衣(てんね)丸を呼ばねば!」

 駆け出そうとした検非違使の蛮絵の袖をむんずと掴む。

「それには及ばぬ。今回は俺でも描ける」

 有雪は携帯していた薄紙と筆を取り出すとその場でスラスラと描き始めた。



   


   

      挿絵(By みてみん)






「どうじゃ? 何に見える?」

 描き終えた紙片を検非遺使の鼻先に突き出す。

「鳥居だ! だが――やはり天衣丸を呼ぶべきだったな、有雪?」

 成澄は苦笑した。

「この絵、構図が狂っている。柱の位置がおかしいぞ」

「いや、それでいいのじゃ。俺が見たまんまさ! この鳥居はそういう風に(・・・・・・)建っているのだ。鳥居が三つくっ付いていて三方向に向いている。別の言い方をすれば、三方向から覗くことができる。ほら! 上から見た形が下の図じゃ」

「――」

 目を剥いて見入った成澄。ほうっと息を吐いた。

「しかし、こんな奇怪な鳥居は見たことがない。こんなもの何処に存在するんだ? やれやれ、これで、益々意味がわからなくなったなあ!」

 広げた紙片にポッポツと滲みが広がる。

「ブルル。また降ってきた――」

 成澄は屈強な身体を震わせながら小雪のちらつく空を見上げた。

 それからパッと有雪を振り返った。少年の日そのままの笑顔で、

「どうだ? このまま一条通りを真直ぐ行って……田楽屋敷に寄って温まっていくか! 久しぶりに双子たちの顔も見たいし」

「そいつぁいい! 今日初めて聞くおまえのまともな意見だな!」

 有雪も相好を崩した。

「このところ帝の陰陽師宅で上等の酒ばかり飲んでいたから、たまには田楽屋敷の安酒を飲むのも悪くない。ああ! 双子の飲ませてくれる不味(まず)い酒の味が妙に懐かしいわ!」

「またそんな憎まれ口を言って。狂乱丸に放り出されても俺は(かば)ってやらないからな!」

「アハハハハ……」

 歩き出した有雪の肩に粉雪よりもふうわりと白烏(しろからす)が舞い降りて来た。




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