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星祭り 4

     


 双子は代わる代わる少年に詰め寄った。

「言え! 何故あのような真似をした?」

「お、お許し下さい! 他意はありませんでした……」

 少年は両手を突いて涙声で釈明した。

「私はとある寺から逃げて来た牛飼い童です。こき使われるばかりで食事も満足に与えられず文句を言えば打擲の嵐……あまりの扱いに耐えかねて逃げ出したまでは良かったのですが、行く宛のない身。それで、この辺りに野宿していたところ聞こえた来た美しい歌声についフラフラと……」

 自分は何より歌うことが好きなのだ、と少年は言う。

「最初はうっとりと聞き惚れていたのですが、『茨小木の下にこそ』など聞いては、もうどうにも堪りません。思わず一緒に歌ってしまった。どうか、どうかお許しを! この通りです……!」

 額を床に擦りつけてひたすら謝る少年だった。

 やがて、狂乱丸はヒラヒラと蝶のように白い手を振った。

「理由が知りたかったまでじゃ。これ以上責めるつもりはない。さあ、もう行け」

「おっと、忘れ物だぞ!」

 脱兎のごとく逃げ出した牛飼い童の背に、婆沙(ばさら)丸は約束通り水干を一着投げてやった。

 そうした後で、腕を組んで言う。

「ふん。橋下の陰陽師は〈熒惑(けいこく)星〉なんぞと抜かしたが──やはり、ただの人間だったな?」

「俺はそんな話、ハナから信じちゃいなかった」

 兄も憎々しげに舌打ちした。

「所詮、有雪はその程度の、口から出まかせの大法螺吹(おおぼらふき)き。似非(えせ)陰陽師さ」


 その大法螺吹きの似非陰陽師を伴って、夜明けも早々に中原成澄は田楽屋敷を発って行った。

 どうにも面白くないのは置き去りにされた田楽師兄弟である。

 特に兄の狂乱丸、日頃から成澄を恋い慕っているから今にも全身から悋気の炎が吹き出しそうだ。

「よりによって、有雪なんぞを俺たちより(・・・・・)必要だとは、成澄も鈍ったものだ!」

「俺たちのこと『派手で目立つだけ』と言い切っていたものなぁ?」

 笑いを噛み殺しつつ弟は言う。内心大いに面白がっているのだ。

「あれはないよな? 俺はともかく兄者にまで。もしあれが成澄の本心なら、あんな薄情な奴は見限ったが良いぞ。兄者の贔屓は何もあの検非遺使だけじゃないんだから」

「おまえは黙ってろ!」

「ヒェッ」

 扇が飛んで来た。編木子(びんざさら)が飛んで来る前にからかうのはやめて婆沙丸は提案した。

「どうじゃ、兄者、ここは俺たちだけで成澄の鼻を明かしてやるってのは?」

「それよ! 俺もまさにそのことを思っていた……」

 以心伝心。双子の二人はいつも同じことを考える。

 今回は、自分たちだけで例の謎の言葉、〈かみのき〉の意味を解き明かそうと思い立ったのだ。

 天下の検非遺使に、〝派手で目立つだけ〟ではないことを大いに思い知らせてやろう。

「有雪は『現場を見ないと謎は解けない』と言ったが、果たしてそうだろうか?」

 狂乱丸、淡紅色の唇を舐めながら、

「俺は〈かみのき〉とは〈神の木〉……つまり、〈神木〉と見た」

 婆沙丸、射千玉(ぬばたま)の垂髪を揺らして、

「なるほど! 〈神木〉ならば〈神社〉と決まっている……!」

 そういうわけで、先回りして、京師(みやこ)中の神木で聞こえた神社を巡ってみようと言うことで兄弟の意見は一致した。

「お待ちを!」

「?」

 庭から声がする。

 襖を開けて覗くと、濡れ縁の下に昨日の牛飼い童が膝を揃えて(かしこ)まっていた。

「ぜひ、私もお伴させてください。必ずやお役に立ちましょう!」

 狂乱丸は呆れ顔で笑った。

「よせよ、俺たちは牛車など持たぬ田楽師だぞ? 牛飼い童など不要じゃ」

「あ、牛飼いには拘りません」

 行き場のない身。身の回りの世話をする従者になりたいと少年は願い出た。

 昨夜もらった水干を着たその姿は中々臈たけて見えた。元より声の方は確認済みだし、狂乱丸も婆沙丸も弟子にしてもいい、と内心思った。


 実際、三人は三兄弟に見えた。

 燕が飛び交う六月の都大路を美しい三人連れは菖蒲、杜若(かきつばた)、鉄線花の袖を閃かせて渡って行く。

 雅に慣れた都人も思わず振り返って、夢幻の類ではないかと童形の青の道行(みちゆき)にうっとりと見蕩れたものである。


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