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水の精 2

     


 何としても、再びあの娘に会いたい。

 翌日から婆沙丸(ばさら)は昨日にも増して橋とその周辺を彷徨い始めた。

 腕輪を落としたということは、娘は常日頃(つねひごろ)この付近を通っているのだと婆沙丸は考えた。ならば、絶対、この辺りで会えるはず。

 しかし、一日、二日と時は虚しく過ぎて行った。


 とうとう三日目も暮れてしまった。

 一条大橋も戻り橋周辺も厚いとばりに塞がれて、もうこうなっては今日はここを通る人とてあるまい。けれど婆沙丸は、京師(みやこ)に夜を告げる太鼓の音を聞いても娘を捜すのをやめて家路に着こうとはしなかった。

 腕を組んで橋の欄干に凭れ掛かると涼しい風が吹いて、切り揃えた自慢の黒髪を揺すって去った。

 宛ら、何かの前触れのように。

「……おや?」

 誰かがこっちへやって来る。松明(たいまつ)が上下して大きくなって来るのが見えた。

「もしや──」

「おう、婆沙丸!」

 期待に膨らみかけた胸がいっぺんに(しぼ)んだ。

 橋を渡ってやって来たのは愛しい娘とは似ても似つかぬ弓箭大刀を帯びた大柄な男。

「なんだ、あんたか?」

 婆沙丸は露骨にがっかりした。

「なんだ、はないだろう? 天下の検非遺使(けびいし)を捕まえて」

 猛々しい声とは裏腹にその顔は笑っている。

 この男、名を中原成澄(なかはらなりずみ)と言う。今は徒歩で従者も連れていないが(れっき)とした左衛門府の官位を有す検非遺使である。

 そもそも検非遺使とは──

 嵯峨帝の御代、設置された京師の治安を護る警察官であり、同時に裁判官でもある。

 代々武略・軍略に秀でた人材が任官されてきた。蛮絵と呼ばれる獣文様の黒装束。時が下るに従って長身の美男ばかり採用されたため『検非遺使は容貌第一』などと揶揄されるに至ったが。

 かの源義経の別称〝判官〟はこの検非遺使尉の別称である。

 さて。

 それほど花も実もある検非遺使と異形の(うから)の田楽師が懇意なのには理由(わけ)がある。

 この年の正月十三日。今でも都人の口の端に上る〈修二会(しゅにえ)の大騒動〉で知り合ったのだ。

 その日、由緒正しき正月行事の真っ最中、堂内に突如飛び入って、狂乱・婆沙の田楽を舞い歌ったのがこの兄弟。その姿と声の美しさについては現在に伝わる永観文庫『御修法記』に詳しい。

 さても、その乱舞の輪の中に中原成澄もいたのだ。

 取り締まるどころかこの検非遺使、持参の笛を吹き鳴らし一緒に舞い狂った──

 以来すっかり意気投合してしまった。

 成澄は屈強な体と精悍な容貌に似ず陽気で気さくな若者だった。明道系の家柄出身で大いに将来を嘱望されている。が、当人は出世や位階より浮かれ騒ぐことが何より好きで、非番で月の美しい晩などは山辺や河原に繰り出して酒を酌み交わしては舞い歌うのだ。相手が田楽師だろうと、細工師、声聞師の類だろうと、とにかく気さえあえば身分など全くこだわらぬ(たち)だった。

「成澄、悪いが俺は今夜はあんたに付き合ってる暇はない。人を捜してるんだ」

「らしいな。狂乱丸に聞いたよ。このところやたらとほっつき歩いているそうじゃないか。それで──これはどうしてもおまえに教えねばと思って急ぎやって来たのさ」

 これを聞いて婆沙丸はパッと目を輝かせた。

「では、俺が橋で会った娘について何か知っているのか?」

「いや、その娘とやらは知らないが……〈水の精〉についてなら知っているぞ」

「?」

 眉間に皺を寄せた険しい顔。こんな深刻な検非遺使を初めて目にして婆沙丸は少なからず吃驚した。


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