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白と赤 5



「お見苦しいものをお見せしてすみません」

 両手を揃えて娘は深々と地面にひれ伏した。その姿をよくよく見れば、袖から覗く手の指先まで布で巻いてあった。

「あ、いや」

 流石に狂乱丸(きょうらんまる)も口篭る。困惑しつつ、

「何故、そんな格好をしているのだ? (まじな)いか何かか?」

「呪いではありません」

 思いのほか凛とした声が返って来た。

「私は忌まわしい身体(からだ)に生まれました。何でも先祖から受け継いだ血の病とか。一族には(まれ)に私のような形骸で生まれてくる子供がいるそうです」

 一度、息を継いでから、

「私は実の親にも全く似ておらず、生まれた私を見て両親すら恐れ(おのの)いて逃げ散ったとか」

「――」

「幸い、産土(うぶすな)の神社が引き取ってくださり、今日まで養ってもらっております」

 娘は小さく付け加えた。

「時折生まれる私のような業病持ちは神社が育てる――これも長い間に培われた私どもの一族の慣わしだそうです」

 話を聞き終えて、狂乱丸は改めて娘を眺めた。

 黒布を垂らした笠を被り、小さな手も、草履を履いた足先まで、布でぐるぐる巻いて(おお)っている。

 ほうっと息を吐く。

「おまえは、ずっとそのナリなのか?」

「はい。沐浴する時と夜眠る時以外はずっとこうでございます」

「そりゃ、さぞや――」

 狂乱丸は心から言った。

「面倒臭いだろ?」


 次の瞬間、娘が笑い出した。


「あーははははは ……」


「!」

「すみません、すみません、でも―――あはははは」

 黒い領布(ひれ)(さざなみ)のように揺れる。

 身体を折って娘は笑い続けた。笑いの発作は中々収まりそうにない。

 

 どのくらい経っただろう。

 漸く静まった道の端で狂乱丸は訊ねた。

「……大丈夫か?」

「すみません、すみません……でも」

 笠を傾げて田楽師を見上げる娘。

「私のこの格好を恐ろしがったり、(さげす)んだり、または、(あわ)れがってくださったり――そのような人たちはたくさんおりましたが」

 ここでまた娘は小さく笑った。

「『面倒臭い』だなんておっしゃったのは貴方様が初めて……! だから、私、つい可笑しくて……あはははは……」

 黒い布の向こうで涙を拭っている気配がした。

 その煌きが透けて見える気がしたのは何故だろう?

「ああ、苦しい。私、こんなに笑ったのは初めて!」

 娘は感慨深げに言った。

「今日は私にとって〝初めて尽くし〟の一日でした」

「ほう? ほかに何があった?」

「噂に聞く田楽を間近に見ることができました。そして、何より――」

 黒い領布が震えた。沫雪より秘かな娘の吐息。

「こんなに美しい御方にお会いしたのも初めてでございます」

 気丈な声に戻って娘は姿勢を正した。深く頭を下げる。

今生(こんじょう)の思い出になりました。ありがとうございました」

「ふん、さあ」

 狂乱丸が手を差し出す。

「?」

「どうした? 笑い終わったのだろう? それなら、送って行こう」

「と、とんでもない!」

 吃驚して娘は飛び退(すさ)った。

「結構でございます!」

「また悪餓鬼(ワルガキ)どもに囲まれたらどうする? 俺が付いていれば大丈夫さ。おまえの住むその(やしろ)とやらまで――送って行くよ」

「滅相もありません! からかわれるのは慣れております。それに――」

 娘は布越しに手を振った。

「私などと並んで歩いたら……貴方様までジロジロ見られてしまいます!」

「なんだ、そんなこと!」

 京師(みやこ)随一と(うた)われる田楽師は鼻高々に叫んだ。

「そんなの慣れてるさ! 俺はいつだって衆人の目を釘付けにする男だぞ!」





「大変だ! 大変だ! 婆沙丸(ばさらまる)―――っ!」


 一条堀川の田楽屋敷。

 駆け込んで来たのは牛飼い(わらわ)だ。

 (かまち)に倒れたまま禿(かむろ)頭を振り乱して告げる。 ※禿=おかっぱ

「狂乱丸が大変じゃ!」

「何? 兄者がどうした?」

 飛び出してきた婆沙丸、牛飼い童を抱き起こして質した。

「先に帰ったはずなのに姿が見えないから心配していたところだ。兄者に何があった?」

「俺は見た! その先の辻で、狂乱丸が――」

(かどわ)かされたか? それとも……」

「違う! 狂乱丸が、女人と同行していた!」

 

 一拍空く。

 

 暫しの沈黙の後で婆沙丸は鼻を鳴らして言った。

「そりゃ、人違いだろう。あの女嫌いの兄者だぞ?」

「馬鹿! 狂乱丸を見違える者など、この京師にいるものか! それ以前に……あんな(ろう)たけた容姿の人間が、この世に二人といるものか!」

 ここに一人いる(・・・・・・・)、という言葉を弟は飲み込んだ。

「……そう言われりゃ、そうだな」

 腕を組んで弟は感慨に(ふけ)った。

「そうか、あの兄者がなあ! 遂に陥落したか……」

 ここでハタと気づく。

「おい! 一緒に歩いていた、それはどんな女人だった!? 兄者が惚れる女なんて、俺には全く想像が出来ぬ」

 いつも俺のことを趣味が悪いだの、惚れっぽいだのと(くさ)す兄者のことだ。さぞかし物凄いんだろうな!

「バケモノさ!」

「ふむふむ。バケモノ。人外の、この世のものとは思われぬ絶世の美女か」

「違うったら!」

 もどかしげに牛飼いは身を捩って、

「そいつは正真正銘のバケモノなんだったら! 正体を知っている京雀どもが言うには、狂乱丸は妖術によって垂らし込まれたに違いないとさ。このままでは取って食われるぞ! だから、こうして、牛など放って……すっ飛んで知らせに来たんじゃないか!」

「ええ――――っ?」








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