白と赤 1 ★
「待ちかねたぞ」
門の前に影が一つ。
豪奢な装束で一目でわかる。蔵人所の陰陽師・布留佳樹だ。
片や、こちらは薄汚れた白装束。無位無官の巷の陰陽師の有雪。肩に止まらせた白烏に目配せして笑った。
「聞いたか? 光栄の極みだな! 俺風情を京師随一の陰陽師が出迎えるとはよ?」
日頃尊大な有雪がこう言うのもむべなるかな。
蔵人所の陰陽師は帝直属の陰陽師。その為〈帝の陰陽師〉とも形容される最高位の陰陽師なのだ。
さて。
導かれて入った座敷で巷の陰陽師は更に驚いた。
大甕を満たす酒。いや、それよりも――
中央に護摩壇が設けられ、天井を焦がすほど囂囂と燃え盛る火焔。その周囲で白衣の麗人たちが舞い乱れている。
(待てよ、この光景……)
思わず有雪は呟いた。
何処かで見たことがあるぞ?
「さあ、我が盃を受けよ、有雪」
「え? あ、ああ」
布留佳樹に酌をされて一気に飲み干した有雪。だが、その目は中央で蠢いている白い舞人たちから離れない。
「おや? あいつ……?」
一際美しい乙女がいる。
腰で揺蕩う射千玉の黒髪、切れ長の目、柘榴のような唇。舞を舞うたびに華奢な腕に足先に揺れる白い――
ぞっとするほど白い古風な装束。
が、目を凝らしてよくよく見れば、何と言うことだ!?
その雪のごとく真っ白な衣に点点と赤い染みがあるではないか……
「!」
息を呑んだ有雪に佳樹の声が降る。
「気づいたな?」
満足そうに頷いて帝の陰陽師は言った。
「安心したよ。この光景を見れば……おまえなら、わかってくれると思った」
「いや、待て。何のことだ? 俺にはまだ……」
今一度、血の染みた白衣を纏った乙女に視線を戻す有雪。
ここで、もう一つ、気づいた。
(おや? あの顔は……誰かに似ている?)
「おい、佳樹、あそこにいるあれは――」
確認しようと振り返った巷の陰陽師に帝の陰陽師は告げた。
「では、後は頼んだぞ、有雪」
「え?」
「後を託せるのはおまえだけだ。無念だが私はここまで」
布留佳樹の顔が苦痛に歪む。
「すまぬ。だが、おまえがやり遂げてくれ」
「おい、佳樹?」
「おい、有雪!」
突然、肩を掴んで揺さぶられた。
「起きろ、有雪!」
「?」
饗宴の光景は霧散して、眼前には屈強な黒装束。衛門府官人、検非遺使尉の険しい顔があった。
「目が覚めたか、有雪?」
「と言うことは――俺は寝ていたのか?」
見廻すといつもの自室、一条堀川の田楽屋敷だった。
検非違使が飛び込んで来たそのままに、開け放たれた襖から暁闇がドロリと染み入っている。
「何も訊くな。ともかくすぐに俺と一緒に来てくれ!」
口を引き結ぶ検非遺使・中原成澄。
「何かあったのか?」
「一大事だ」
「フン、まあいいさ」
白い影が風を切って肩に舞い降りる。
愛鳥ともども夜具から立ち上がるや有雪は嘯いた。
「嫌な夢だったからな。現実に戻れて良かった!」
「でもないか――」
検非遺使・中原成澄が連れて行ったのは、夢と同じ帝の陰陽師、布留家の邸だった。
〈京師に風花の舞う朝……〉




