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キグルイ15 ★

 ★ご報告! 

  現在開催されているなろうコンのイラストコンテストCrafaに

  五十鈴りく様が《検非違使秘録》を描いてくださいました!

  豪華レギュラー陣総出演!

  しかも、笛を奏でる成澄も、仕事をしている有雪も初披露なり。

  ご堪能下さい!

  挿絵(By みてみん)

※このイラストは描かれた著作者として使用が許可されています

 



 

 成澄(なりずみ)有雪(ありゆき)軽野(かるの)には詳細を語らなかった。

 最愛の夫の手作りの櫛が、今また最愛の息子の命を救うのに役立った――

 この説明だけで軽野は充分満足したようだが。


 



 田楽屋敷の面々にとっての幸福な完結。

 しっかりと手を繋いで京師(みやこ)から故郷へ帰って行く沙耶(さや)丸、軽野の母子を一同は羅城門の下で見送った。

 さて、その帰り道。

 有雪に誘われるまま〈(えん)の松原〉に立ち寄った。


「おう! 紅葉が目に滲みる! それにしても――紅葉狩(もみじが)りなどと風情のあることを言い出すなんぞ、おまえも変わったな? 人間が丸くなった! どうやら沙耶丸母子の姿に感化されたか? 結構、結構」

「誤解するな、成澄。おまえと違って俺はモトから風流を愛する人間だよ」

 有雪は鼻を鳴らした。

「が、今日の寄り道はおまえのためじゃ。貸しは作りたくないからな」

「貸し? 俺が何かおまえにしてやったか? ああ! あの、泣きついた件か? あんな事何でもない、気にするな! 俺はもうすっかり忘れてたよ。アハハハハ」

「嘘つけ。こうやって現に二言目にはそのことを持ち出すくせに」

 事実である。 

 巷の陰陽師は咳払いすると、

「まあ、兎に角――おまえに教えてやる。例の奇怪な焼死の謎じゃ。上司に報告するしないは別にしても、おまえだってあのまま終わったのでは気懸かりだろう?」

「ええええ?」

 検非遺使は驚愕の声を上げた。

「なんだと? あの不気味な死に様の謎が解けたというのか? しかし、おまえ、アレは謎なんかじゃないと言ったではないか?」

「あの時は気弱になっていたからああ言ったが。だが、世の中の大概の事は説明がつくものさ。特に俺のような博学の徒にかかったら解けない謎はない」

 すっかり通常に戻った陰陽師。片方の口の端を上げて笑うと、サッと白い袖を伸ばした。

「見てみろ、判官(ほうがん)、これが答えじゃ!」 ※判官=検非遺使尉の別称

 指差すそこは――

「?」

「何が見える、成澄?」

「何がって……」

 元より森の中である。有雪が指し示すのは更に深い一隅。

 木々の影が重なって続く仄暗い深淵。

「木下闇?」

「いや、もっと他にも見えるだろう?」

「ええと? 樹木と、おう、枯れた倒木……朽ち木もある。それから、降り積もる枯葉、あとは(きのこ)くらいのものだが」

「それよ。あ! 手を触れてはならぬ!」

 鋭い声で有雪は制した。

「特にその、赤い奴」

「え? これか? この炎のような形の?」

「へえ? 変わってるな?」

 双子たちも興味を覚えたらしく覗き込んだ。

「炎というか、人の手?」

「おお、赤子の手のようじゃ!」

 有雪は腕を組んで頷いた。

「うむ。そいつは茸の中でも最も恐ろしい、猛毒の茸なのだ」

 紀州の山奥で育った(きこり)の息子の沙耶丸。自ら自慢していたごとく木々やそこに実る果実や木の実、ひいては茸に詳しかった。

 少年は 夜な夜な、猛毒のこの茸を採取しては深更(まよなか)の京師を徘徊している(やから)に投げつけていたのだ。

「これ? この茸を?」

「しかし、たかが……茸だろう?」

 

 たかが茸と侮るなかれ。

 この茸――現代の名称はカエンダケである――は致死量はわずか3g。かび毒マイコトキシンとして知られているトリコテセン類(ロリジンE、ベルカリンJム、コノマイシンB)、サトラトキシンHおよびそのエステル類の計6種類が検出されている。

 体に触れれば皮膚は炎症を起こして爛れ、万一、破片を飲み込んだり、又吸い込んだりしようものならたちどころに絶命する。腹痛・嘔吐・水様性下痢。めまい・手足のしびれ・呼吸困難・言語障害・白血球と血小板の減少および造血機能障害・全身の皮膚のびらん・肝不全・腎不全・呼吸器不全といった多彩な症状が現れ、また回復しても、小脳の萎縮・言語障害・運動障害、あるいは脱毛や皮膚の剥落などの後遺症が残る……


「ゲッ!」

「勿論、ソレをやったのは沙耶丸ではなく取り憑いていたもう一人(・・・・)の方じゃ。だから、沙耶丸自身に自覚はない。但し――」

 一旦言葉を切って瞑目する有雪。

身体(・・)は沙耶丸自身だから、その証拠……痕跡が残った」

 目を見開いて有雪は言った。

「沙耶丸と一緒にこの森で果実を集めた日に、俺は見たよ。あの子の指先が赤く爛れていたのを」

 傷跡の原因はこの茸を集めた際に自分も触れたせいだろう。

「じゃあさ」

 婆沙(ばさら)丸が低い声で訊く。

「狂乱丸が木から落ちたのも」

 続けて狂乱(きょうらん)丸、

「婆沙丸が倒木の下敷きになったのも、全てそいつ(・・・)がやったのか?」

「多分な」

 有雪はポリポリと(うなじ)を掻いた。

「どっちの怪我も木に関係があるから、沙耶丸に憑依していた、〈木の魂魄〉〈木の精)? なんと呼ぶのかはわからないが――そいつの力だろうよ」

「でも、俺、憎めないよ」

 田楽師の兄弟は同時に言った。

「だって、親木(はは)と引き離され、捜し続け、会いたいのに会えない、その辛さのあまりにやったことだろう?」

「きっと、そいつには俺達人間全てが憎たらしい敵に思えたのだろう……」

 強装束の蛮絵を揺らせて成澄は唸った。

「ううむ! 木ですら、かくも母を恋い慕うとはよ!」

「母への思いは特別だと言ったのはおまえだぞ、成澄」

「まあな。だが、人の想念だけでなく草木のソレまで感知するとは、おまえも大変だな?」

 有雪はため息を吐いた。

「我が国はその昔、木も草も言葉を喋っていたと書物に書いてあるからな。生きとし生けるもの――この地上に存在するもの全て心があるのだろうよ」

「ほう? 書物とは?」

「《日本書紀》巻第2、天孫降臨の場面じゃ」

 面目躍如、朗朗と巷の陰陽師は吟じた。

「『草木(ことごと)くに()言語(ものいうこと)有り』」

 こうなるとこの男の薀蓄(うんちく)は止まらない。

「大祓いの祝詞(のりと)にもあるぞ。『語問(ことと)いし磐根(いわね)樹立(こだち)、草の片葉も語止(ことと)めて……』

 つまり、古代我が国では草木がそれぞれ精霊を持ち、ものを言って人間を威やかしていたというわけじゃ」

 ところで、改めて思い返すと――

 今回、自分の見た夢は、橋になった(ひのき)だけではない気がする。

 海を流れ去った美しい乙女はやはり古代の書に記された大木に重なる。

 《日本書紀》巻第十・応神天皇の項、《古事記》下巻・仁徳天皇の項にそれはある。天皇の時代は異なるが現代から遡っておよそ1700年前。

 菟寸河(とのきがは)の西に一つの高き樹有り。其の樹の影、旦日(あさひ)に当れば、淡道島に(いた)り、夕日に当れば、高安山を越えき。故、是の樹を切りて作れる船は、(いと)(はや)く行く船ぞ。時に、其の船を号けて枯野(からの)と謂ふ。この船、破れ壊れて、塩を焼き、其の焼け遺れる木を取りて琴を作るに、其の音、七里(ななさと)に響きき。

 また、切り倒された巨木を乗せた荷車がどうやっても動かないで困っていた時、見目麗しい男――恋した男が着物をかけた途端、動き出した、と言う伝承が日本各地に残っている。


  (全ての木々が見せた夢……?)

 

 一陣の風が森の木々を揺らして吹き過ぎた。(さなが)ら、頷くように?


「ブルル、秋も深まったな! 嫌に体が冷えてきた。さあて、帰って暖まろうじゃないか! 今宵も祝宴だ!」

「あ! その冷えのせいで兄者も腰が痛くてもう歩けないってさ、成澄!」

「仕方ない、負ぶってやろう、ほら、狂乱丸!」

「恩に着るぞ、婆沙! おまえはやはり最高の弟じゃ。一時は沙耶丸の方が可愛いと思ったが」

「え?」

「ハハハ! 狂乱丸の冗談は面白いなあ! どうした、有雪? 行くぞ?」

「……ああ」

 皆が賑やかに去って行く中、有雪は足を止めて橋の方を振り返った。

 今回、俺は自分が(・・・)いよいよキグルったと思っていたがよ、

 それはおまえの方だったんだな?


 母を恋うあまりの……木狂い……




 



  

   挿絵(By みてみん)




                 挿絵(By みてみん)




        ――  第14話 木狂い 了  ――




 

 


 ★おつきあいくださりありがとうございました!

   また平安京でお会いしましよう!


 ☆カエンダケについてはこちら↓

    http://www.kinoco-zukan.net/kaentake.php

 

 ☆日本書記 草木が喋る…天孫降臨の箇所はこちら↓

 http://www.kyoto.zaq.ne.jp/dkanp700/koten/shoki5.htm

 ☆日本書記 〈枯野〉詳細はこちら↓

 http://blog.goo.ne.jp/katodesuryoheidesu/e/9d85b7da478b0be56fce83eed8b3291d

 ☆古代船〈枯野〉…琴について詠まれた歌 

  枯野を 塩に焼き 其が余り 琴に作り 掻き弾くや 由良の門の 門中の海石に ふれ立つ なづの木の さやさや(記74)

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