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呪術師11

 




 〈真実の呪術師〉アシタバに今回出された難題――

 法師らしいと言えばそうとも言える要求。


 〈鐘を鳴らす〉


 ちょうど手頃にも平安京の北西、衣笠(きぬがさ)山の麓にとある無住の寺があった。

 そこの梵鐘(ぼんしょう)は朝鮮鐘の中々立派なものである。

 それを鳴らしてみせよ、と言うのである。

 期限は、前回、法師・真済(しんぜい)の挑んだ〈祈雨(きう)の術〉と同じ、朝、陽が昇ってから沈みきるまでの丸1日。

 但し、撞木(しゅもく)は取り外して、アシタバの眼前に据え置く。

 〈念〉の力でその撞木を(・ ・ ・)飛ばし(・ ・ ・)鐘を鳴らせ、と言うのだ。。※撞木=鐘撞き棒

 モノを瞬時に動かし、果ては人さえ自在に移動させる呪術師アシタバの〈念〉の力。

 その恐るべき神通力で今度は鐘を鳴らす。

「〈念〉で鳴り響く鐘の音こそ、京師(みやこ)の人々に平安をもたらすだろう。だが、それができぬ時は――」

 真済は言い切った。

「人心を欺いた(とが)で、即刻、使庁に突き出してやるから、覚悟せよ!」




「そんな……」

 婆沙(ばさら)丸は呻いた。

「どうにもならないのか? たとえば――」

 縋るような目で屈強な検非遺使を見つめる。

「おまえの力でうまく取り成して、今回の〈術披露〉を中止させるとか」

 検非遺使は首を振った。

「こう事が大きくなっては無理だ。もう既に京師中の人間が知っているからな。山法師たちが大々的に振れ回ったらしい」

 実際、今日、大路小路、何処へ馬を飛ばしても都人(みやこびと)はその話題で沸騰していた。

「〈念〉の力で鐘を鳴らす……か?」

 狂乱丸は嘲笑(あざわら)った。

「どうあがいたって無理だ。アシタバにそんなことできっこない」

 アシタバの破滅は火を見るより明らかだった。

「だから、あの時、やめておけばよかったものを」

 こういう結末を恐れるが故にあれほどマシラはやめさせたがっていたのだ。

「だが、こんな(ことわざ)もあるぞ。『大きな不幸には小さな幸福がついてくる』……」

 橋下(はしした)の陰陽師が奇妙な笑い方をした。

「偽りの呪術師が獄にぶち込まれればあの可愛らしい小猿はおまえの胸へ飛び込んで来るのではないかな?」

「本気で、言っているのか有雪?」

 婆沙丸の声が震える。

「俺が、そんな――人の弱みに付け込むような人間だと思っているのか?」

「さあてね? 恋の道は奪った者勝ちとも言うからな?」

 肩の白い烏を撫でながらおどけた口調で言う。

「復讐に燃えたその法師じゃないが、俺の元にも愛する者をどんな手を使っても我が物にしたいと望む(やから)が男女を問わずやって来るぞ。恋愛成就どころか、恋敵(こいがたき)を呪い殺してくれと要求する者もいる。そんな連中に比べれば、今回おまえがそう願ったところで、俺は全然不思議には思わんよ」

「俺が何を願うって?」

「アシタバの失敗」

 婆沙丸が何か言う前に陰陽師は袖を振って呵呵笑った。

「ま、願うまでもないか。あいつに鐘など鳴らせぬ。アシタバは〈真実の呪術師〉ではない。〈念〉の力などカケラも持っていないんだからな」

 卜占を垂れるごとく人差し指を婆沙丸の鼻先へ突き立てた。

「おまえとしたら、ただ待てばいいのじゃ。それもたったの1日。良かったな?」

 くるりと背を向けると有雪はその場を去って行った。

「ば、馬鹿なことを言いやがって」

 憤る弟の肩に兄は手を置いた。

「今に始まったことじゃない。有雪が口にするのは〝馬鹿なことばかり〟じゃ。さてと、稽古の続きをするぞ、婆沙丸。アシタバの件はどう転んだところで最早俺達には関係ないことだからな」

「……」




 

 

 一夜明けて〈術披露〉の日。

 

 朝陽に照らされた朝堂院南門の階上。

 呪術師アシタバは妹を揺り起こすとぎっしりと鳥目(かへい)の詰った袋を差し出して、言った。

「これを持って京師を去れ、マシラ」

 戸惑う妹に明るく笑いかける。

「どれ、俺が背に結わえ付けてやるからな? 大丈夫、おまえはその名の通り身が軽い。一人でも楽々と故郷へ帰り着けるさ!」

兄様(あにさま)は?」

「俺はここに留まって〈術披露〉をするよ。今日の内に鐘がなるよう〈念〉じ続ける」

「無理だわ! 鐘なんか鳴りっこない! 兄様にそんな力はないもの」

「だが、時間稼ぎにはなる」

「!」

 この男は妹を逃がす為に敢えて都に残って、やれもしない〈念〉の術に挑もうと言うのだ。

 兄の悲痛な決意にマシラの全身を痺れるような痛みが貫いた。

「ごめんなさい。それもこれも……私が『鐘の音が聞きたい』なんて馬鹿なこと言ったから――」

 たった今兄が結わえた背の袋に目をやって、

「これを差し出して……真実を話して、許してもらっては?」

「今更、無理じゃ」

 アシタバは微苦笑した。

「そんなことをしたところで、金は法師どもに没収された上、俺はもちろん、下手したらおまえも獄舎に投獄される。ならばせめて、おまえだけでも持てるだけ持って逃げたが賢明じゃ」

 赤い髪を掻き揚げて目配せした。

「連中の目的は〈マヤカシの呪術師〉なのだからな。俺さえ取り押えれば、おまえなど逃げても法師どもは気にするまい」

 いったん口を閉ざす。

「俺を許しておくれ、マシラ」

 アシタバの口調が変わった。

「自分でもわかっている。俺はだめな男さ」

「金に目が(くら)んだから?」

「違う」

 きっぱりと(あし)丸は言った。

「おまえを幸せにできなかったから」

「兄様――」

「いや、まだわからぬな! 俺が稼いだその金でおまえが今後の人生を幸せに生きてくれれば、俺は自分のことをさほどだめな男と思わずに済む」

 葦丸はポンと背中の荷を叩いた。

「これだけあれば一生困らぬ。決しておまえは外に捨てられて死ぬ破目にはならない」

「!」

 ハッとして兄の顔を振り仰ぐマシラ。

 ゆっくりと兄は言った。

「母者の最期の姿を見た時、俺は誓ったんだ。二度と愛する者をあんな目に合わせはしないと。どんなことをしても富裕になって……一生安泰に暮らさせてやる」

「それは、私のことですか、兄様?」

「おまえ以外誰がいる? 俺にはずっと……おまえだけだよ」

 葦丸は言い足した。

「もちろん、妹としてだ。俺は〈恩〉でおまえを縛るつもりはない」

 妹の涙を見ないように目を逸らして立ち上がる。

「それはおまえの持参金だ。そのためにこの兄が貯めた。だから、遠慮なく持って行け」

 地上に続く四角い扉を持ち上げる。

「いい男を見つけてたくさん子を産めよ! その子供達に綺麗な着物を着せて、美味いものをたらふく食わせてやれ!」

 白々と明け始めた朝の道を指差して葦丸は言った。

「さらばじゃ!」





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