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星祭り 1

     


「最近奇異なことがあった」

 一条堀川のとある屋敷。

 ここは田楽屋敷とも新座屋敷とも称されている。田楽新座を起こした先代師匠犬王の建てたささやかな牙城。犬王急逝後、跡目を継いだ歳は若いが芸に秀でた双子の田楽師が現在の(あるじ)である。兄を狂乱丸、弟を婆沙(ばさら)丸と言う。

 保延七年(1141)、初夏。

 立待月の夜の、その月の出さえ待たずに盃を酌み交わしている最中、兄が切り出した。

「三日前の夜半、俺と婆沙丸が二人で稽古をしていたところ、俺の歌に唱和して別の声が響いて来たのだ」

「それの何処が奇異じゃ?」

 肩に白い(カラス)を留まらせた白衣の男が呵呵(カカ)笑った。

 名は有雪。一条橋界隈に数多(あまた)いる〈巷の陰陽師〉である。別名、似非(えせ)陰陽師とも。

「歌っていたのがおまえなら、もう一つの声は弟だろう?」

「馬鹿め。俺と兄者は同じ声じゃ。一緒に歌っても何処までも一つ。だが、響いて来たのは明らかに別の声だった!」

 これだから所詮おまえは無位無冠、〈橋下(はしした)の陰陽師〉なのだ、と弟の田楽師に揶揄されて有雪は顔を歪めて杯を飲み干した。一見、貴公子然とした白皙の容貌である。

「フン、続きを聞こう。で?」

 意外にも、響いて来る歌声は、当代随一と評判の兄弟に勝るとも劣らない妙なる調べ。

 闇に閉ざされた(まがき)の向こうに歌声の主はいると思われたが遂に姿は現わなかった。

 翌日、昨夜同様兄弟が稽古を始めると、果たして、再び歌声が響いて来た。

 その夜は弟の婆沙丸がこっそり影の後を追ったものの戻り橋の辺りで見失ってしまった。

「どうも気になる。そこで──どうじゃ、有雪。この不思議なものの正体、おまえにはわかるか?」

 射千玉(ぬばたま)の垂髪を揺らして狂乱丸が問う。

「わかるなら教えてもらおうと思って、今日は我等が宴に呼んだのじゃ」

 呼んだも何も──実際は居候同然、田楽屋敷に住み着いている陰陽師。ここは面目躍如とばかり、きっぱりと言い切った。

「そやつ、人間ではないな。〈星〉じゃ」

「星?」

「うむ。〈熒惑星(けいこくせい)〉の仕業に違いない」

 『聖徳太子伝略』と云う古書に似た話がある、と陰陽師は弁ずる。

「敏達天皇九年の夏六月──おお! 時節も同じだな? 当時絶世の謡歌いと称された土師連八島(はぜのむらじやしま)の元へやって来て一緒に歌ったのが〈熒惑星〉じゃ。夜明けとともに住吉浜の海に消えたそうな。

 〈熒惑星〉は南を主謀する赤い星。何らかの災い起こる時、それを予告して歌を歌いに天より降りて来ると言う……」

「では、今度も何事か災いを告げにその星はやって来たと?」

「もう遅い!」

 カラリと襖が開いて、入って来たのは熊の蛮絵も猛々しい検非遺使である。

 京師(みやこ)の守護。今で言う警察官と裁判官を兼ねる検非遺使は、嵯峨帝の御代、設置された。

 以来、武略軍略に秀でた左右衛門府官人が選ばれて来た。その実、選抜基準が〝容貌第一〟と噂されるだけあって、この男も長駆精悍な美丈夫である。名は中原成澄と言う。

 大の田楽好きで懐に笛を忍ばせて暇さえあれば田楽屋敷に通って来るのだ。

 その成澄、いつになく険しい面持ちだった。

 兄弟は驚いて口々に質した。

「何だ、成澄?」

「大事とは一体……?」

「おまえたちの元に既に啓示がもたらされたなら──今更隠しておく必要もあるまい。但し、これはここだけの話。他言は無用ぞ」

 大刀を引き抜いてどっかと(しとね)に腰を落とした検非遺使が語った話はこうである。



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