夏越しの祭り 5
夜、皓皓と照る月を見上げて成澄は呟いた。
「明日は満月だな」
傍らには酒瓶を持って寄り添うカサネがいる。
「考えれば、明日の今頃は俺はもうここにはいないのだな……」
自分の滞在は祭りまでだから。
見る見るカサネの瞳に涙が溢れだした。
「無理を言って……申し訳ございませんでした」
「いや、楽しかったよ。むしろ感謝しているくらいだ。おまえとこうして過ごせて……」
「本当ですか?」
「本当さ。だから、もう泣くのはよせ」
だが、娘の涙は止まらなかった。
昼間見たせせらぎのように煌めいて、美しい雫は後から後から零れおちた。
「何故、そんなに泣く?」
抱き寄せて、指で拭い取ってやりながら成澄は訊いた。
「別れが……辛いのでございます……」
「俺もだ……」
それから後の記憶がない。
気づくと真上に満月の月が照り渡っていた。
「――」
起き上がろうとしても体が痺れて言うことを聞かない。
頭が割れるように痛んだ。
―― 一体、今はいつなのだ?
娘の名を呼ぼうとしたが口が引き攣って強張り、思うように声も出せなかった。
自分が筵の上に寝かされているのはわかった。
近くにカサネの姿は見えない。
白い幣が体の上でしきりに打ち振るわれる。
―― 祭り? では、今日が明日で、祭りの当日なのか? 今この時が祭りの最中?
思う間もなく、いきなり左右から両腕を掴まれて立たされた。
そうされて始めて、自分が純白の水干と袴姿なのを知った。
同じく白装束で、幣を掲げた男の後ろを両脇を支えられながら進む。
禰宜か誣覡と思しきその男が、また激しく幣を振る。
そうして、横へ身をずらした。
「!」
成澄の眼前に、いきなり暗黒の口が開いた。
井戸だった。
だが、普通の井戸ではない。
小さな池くらいはあリそうな、巨大な井戸――
その深淵の中へ成澄は突き落とされた。
「――……」
叫び声すら上げられなかった。
唯、響いたのは水の音だけ。
その音を聞いてから、何人もの邑人たちの手で巨大な井戸の蓋がバタバタと閉じられた。
「今年も、無事、終わった……!」
「後は明朝……」
「うむ。飲み込まれたのを確認すれば良い」
邑人たちは誰一人、振り向くことなく去って行った。




