夏越しの祭り 2
「吃驚させて申し訳ございませんでした。
でも、あの場合は、ああでも言わないと収まりがつかなかったのです。お許し下さい」
娘の住居と思しき茅葺きの小屋。
ここまで連れて来られた後、
「祭り当日までちゃんと見張っておくのだぞ?」
「二度と逃がすことのないように」
等々、口々に諭して男たちは引き上げて行った。
二人きりになると、すぐ娘は床に額をつけて謝った。
それから、慌てて縄を解いてくれた。ほっそりした、優しげな手だった。
「何やら事情がありそうだな?」
自由になった自分の手で、猿轡を毟り取って、成澄は訊いた。
「俺でよかったら、力になろう。だから、こんなことになった理由を話してくれ」
「……はい」
涙に潤んだ瞳で、娘は〈夏越しの祭り〉について語りだした。
「豊作祈願や、暑気祓い、また。疫病退散と……
夏に向かうこの時期、〈夏越しの祭り〉と呼ばれる祭りは方々で行われますでしょう?
でも、私の郷一帯で催されるそれは、少しばかり変わっております。
毎年、一人の男を選んで、〈神の従者〉とします。
それに選ばれることはその家や家族にとって、とても名誉なことなのです。が」
「が?」
娘はぶるっと体を震わせた。
「男は選ばれた印に片方の目を潰さなくてはならないのです」
「何処かで聞いたことがあるぞ?」
何しろ、博覧強記の巷の陰陽師と付き合って長いので、成澄は物知り顔で頷いてみせた。
「〈聖痕〉と言うヤツだろう? つまり、傷をつけることで、普通の人間とは違うこと、
〈選ばれた者〉だというのを民にも、また、神にも知らしめているわけだ、フムフム……」
「今年は私の家がその役に当たりました。つまり、私の兄、トウヤが選ばれたのです。
でも、兄は、目を潰すのを嫌がって、引き伸ばした上、実はこっそり逃げ出してしまったのです」
「逃げた? それはいつのことだ?」
「もう三日も前……」
「何だって?」
「兄は目も潰していません。ただそのフリをして片目をしばっていただけです。
祭り当日になったら、そのこともバレてしまうので、それもあって逃げたのだと思います」
両手を絞るようにして娘は言った。
「三日前の朝、私が起きた時には兄の姿はもう何処にも見えませんでした。
私は恐ろしくなって……それを、すぐに、邑長たちに告げられなかった……」
「だろうなあ。その気持ちは充分わかるよ」
真剣に頷く成澄だった。
「それで?」
「はい、私は兄は体調を崩して寝込んでいる、と近所の人たちには言い続けてきたのですが、流石に、全く姿を見せようとしない兄を心配した邑長や、郷の長たちがやって来て……」
「それで、もう騙せなくなって、兄さんが逃げたことを洗いざらい白状したわけだ」
成澄は烏帽子に手をやった。
「まあ、そうなった以上、仕方ないわなあ」
「いえ、ただし、あんまり長たちが喚き立てるから、怖くて、逃げたのは今さっきだって言ってしまったんです」
成澄は手を叩いた。
「あ! だから? あんなに街道を爆走して、探し回っていたのだな?」
娘は頷いた。
「そう。でも、私は――私にはわかっていました。
どんなに駆け回って探したしたところで、もう見つかりっこないって。
だって、兄が逃げたのは、本当は三日前なんですから。今頃は都にでも上って、こんなところをウロウロしているはずはないんです。ところが偶然」
「片目を縛ったこの俺と遭遇したってわけか!」
そこまでは、わかるがよ、と成澄は豪快に笑った。
「それにしても、いくら片方の目を縛って顔を半分覆っているとはいえ、俺がおまえの兄でないことくらいわかりそうなものだが?」
娘は真剣な顔で首を振った。
「いいえ、他人の顔なんて、身内ですらそれほど細く見たりはしません」
花のように微笑みながら、娘は重要なことを付け足した。
「それに、この〈夏越しの祭り〉で選ばれる男は、代々、よく似ているんです」
長身で、端整な美丈夫。
「だって、供奉する神様が女神様ですから……!」




