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夏越しの祭り 1

 

 

 せっかく都を離れて遠出をしたのだから、この際、噂に聞く紀伊の温泉に浸かって帰ろうと思い立った検非遺使と橋下の陰陽師の二人連れだった。

 

 そのことが良かったのかどうか……


 


 時は初夏。緑滴る山の辺をのんびり歩いていると、背後から凄まじい足音が響いて来た。

「おや? 何だろう?」

 足を止めて、振り向くと、血相を変えた男たち――(ひな)の農民である――が十人余り、物凄い勢いで駆けて来る。

「余程の一大事と見た。道を開けてやるか」

 と有雪。

 成澄が答えて、

「へえ? 泥棒でも追いかけているのかな? いずれにしろ、鬼気迫る形相だ。

 あんなのに捕まる奴の顔が見てみたい。フフフ、タダじゃあ済まぬぞ?」

 その通りだった。

 男たちは一斉に成澄に覆い被さった。

「捕まえたぞ!」

「逃げられると思うたか!」

「観念しろっ!」

「――!?」


「ま、待て、待て、待て! これは一体、何事だ?」

 一拍置いて、有雪が質す。

「この男が何をしたと言うのじゃ?」

「口を挟むのは控えていただきたい、旅の御方」

 (おさ)らしい年配の男が答えて言った。その巌しい面貌。

「貴方様は旅の途上でこの者と同道されたかとお見受けします。だから、何もご存知ないでしようが」

「いや! ご存知だよ! そいつは俺の友人で京師(みやこ)から――おい、放せ、イタタタ!」

 藻掻いて抵抗する成澄。だが、いかに剛力屈強の衛門府武官とはいえ、多勢に無勢、アッという間に荒縄で縛り上げられてしまった。

「クソ、 これは何の真似だ?  放せったら! 人違いだ!」

 成澄は喚いた。

「有雪、言ってやれ! これは何かの間違いだ! 俺は――」

「これ、部外者に滅多なことを言うでない!」

「まずい! 黙らせろ!」

「いらぬことを喋らせるな!」

 無情にも猿轡(さるぐつわ)まで咬まされる。

「いやはや、旅の御方に見苦しいところをお見せして申し訳ありません」

 有雪に向き直ると年配の男は慇懃に腰を屈めた。

「ですが、これは我等が郷の習わし。お口出しは無用です。

 貴方様は、ここで目にしたことは忘れて、どうぞ旅をお続けください」

「いや、しかし……」

 流石に、日頃はうんざりするほど口の立つ陰陽師でも、何処で突っ込んでいいかわからなかった。

「人違いだと、本人も言うておるし、それに……」

「連れて来たぞ――!」

「?」

 ここで、後続の一団が到着した。

「家族の者だ!」

「家族が来た!」

「ファフファッファ!」

 これは成澄の声。『助かった!』と言っている。

「おお、ちょうど良い。旅の御方が不審がっておられるから――確認させよう」

 集団から押し出されたのは十七、八の娘だった。

 鄙にも(まれ)な、と言う言葉があるが、その通り、鄙人とは思えぬほど色白の、美しい娘である。

 万葉歌で防人が讃えた小百合の花とはこのことか……

 細い背を押されて、縛られた成澄の方へヨロヨロ近づいて行く。

 漸く有雪は安堵の息を吐いた。

「ふう! 何はともあれ、騒動もここまでか」

 成澄の前で足を止め、キュッと両手の拳を握り締めた娘、

 次の瞬間、胸に飛びついて泣き出した。

「兄さん……!」

「ファファファ――?」

「ええええ――っ?」



「ご覧の通りです。これで、納得していただけたことでしょう、旅の御方?」

 満面の笑みで長は言うのだ。

「では、我らはこれにて。よし、邑へ帰るぞ!」

「オ――!」

 彼方此方で賛同の声が上がった。

「危ないところであった!」

「間に合って良かった良かった!」

「全く、逃げようなどと大それたことを……」

「おまえも郷の男なら、二度とこのような恥ずかしい真似をするんじゃないぞ?」

「もっと自覚を持て!」

「祭りまでもう日にちがないというのに……」

 口々に言いながら、成澄を引っ立てて去って行く一群。

 

 道の端にどのくらい呆然と立ち尽くしていたことだろう?

 騒動の間、空高く避難していた賢い白烏が肩に舞い戻って来た。

 その衝動で、有雪は我に返った。

「これは……一体、何なんだ……!?」



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