表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
147/222

鄙の怪異 10

「おまえだな? 受領(ずりょう)一家を殺したのは?」


 暫く誰も動く者はいなかった。

 川風が吹き過ぎて行くばかり。


「な、何を突然言い出す?」

 我に返って声を上げる成澄。

 有雪は犬飼の方を向くと訊いた。

「アヤツコ、この邑で最近続いた人死(・・・・・)は三人ではないだろう?」

「え?」

 吃驚する犬飼に、畳み掛けるように、

「受領一家の他に、もう一人、殺された者がいたはず」

 目を細めて、有雪はその姿形をすらすらと再現した。

「……歳は十七、八くらいか。ほっそりして、優しげな顔立ち。左の目の下に黒子があるな?」

さわ(・・)か!」

 思い当たって犬飼は叫んだ。

「それは、さわのことだな? 確かに、ひと月ほど前、その娘は死んだ。だが、あれは殺されたのではない、事故だった。さわは川に落ちて溺れ死んだのじゃ」

「いや、殺されたんだ。なあ、飛騨丸?」

 呼びかけた有雪の目を真っ直ぐに見返して、飛騨丸。

「その通りです、陰陽師様。

 さわは殺されたんだ、受領一家に」

 そして、あっさりと認めた。

「だから、さわの無念を晴らすために――俺自身の無念を晴らすために、俺が殺しました」



 両親が死んで身寄りのなかったさわは、今の受領が赴任してすぐ下働きとして雇われた。

 その野の花のような可憐さに受領が手をつけた。

 邸で働く者も、邑人たちも、そのことは知っていた。

 だが、誰も、口を出す者はいなかった。

 唯一、口を出せる者――奥方が最近になってそのことに気づき、悪いのは自分の夫なのに、誘惑したと詰って、折檻して、山へ捨てた。

 そのままならさわはそこで果てたかも知れない。

 助け出して介抱したのが飛騨丸だった。

 しかも、それは、ある意味、さわと飛騨丸にとって天の恵みであった。

 受領の邸に仕える二人はお互いを好きあっていたから。

 とはいえ、受領が目をかけている限り、夫婦(めおと)にはなれなかったのだ。

 これで遠慮なく一緒に暮らすことができるようになった。

 飛騨丸はさわを母の家に隠して養生させた。

 だが、幸せな日々は長くは続かなかった。

 その日、時間を見つけて、さわに会いに戻った飛騨丸は、受領の息子がさわを無理やり連れ出すのを目にした。


「すぐに私は後を追いかけました。山奥の川縁で資盛(すけもり)様はさわに言い寄った。『親父殿の女だったのだから、俺の相手もできるだろう?』と」

「なるほど。それで?」

 成澄が沈痛な声で質す。

「おまえが止めに入ったのだな?」

「いえ、違います。俺は引き返そうとしました。さわの居所が見つかって、所望された以上、もう仕方ありません。所詮、私たちは舎人の身ですから……」

 そう思って、諦めてその場を離れた時、飛騨丸はさわの声を聞いたのだ。

 きっぱりと拒絶するさわの声を。


 ―― お言葉でございますが、お相手できかねます。私は、今は飛騨丸の妻なれば。

 ―― 私は受領の嫡男だぞ? それでも嫌と言うか?


「資盛様は怒り狂いました。でも、さわはその手を掻い潜り逃げ出しました」


 ―― 受領の息子より牛飼いが良いとは、馬鹿な女じゃ!

 ―― お許し下さい! 私の腹にはややが…… 

 ―― こいつ……

 ―― いやっ! 触らないで! あっ?

 


「俺は、資盛様がさわを川へ突き落とすのをはっきりと見ました。

 すぐに、俺も飛び込んだのですが、上流の流れは早く、さわは見る見る流されて――」


「翌朝、下流で上がったさわの亡骸(なきがら)を俺も見たよ」

 静かな声でアヤツコが言った。

「集まった邑人たちが身寄りのない娘だと言っていたが……

 では、あの後、遺骸を引き取ったのはおまえだったのか、飛騨丸? 

 俺はてっきり、雇い主の受領かと思っていた」

「俺以外の誰が、あいつを弔ってやれましょう?」

 牛飼いは微笑んだように見えた。

「俺が埋めてやりました。山のもっと奥……

 今度こそ、俺しか知らない場所に……

 俺しか会いに行けない場所に……」


 風がまた吹き過ぎた。


「そ、それにしても――」

 検非遺使が烏帽子に手をやりながら呻いた。

どうやって(・・・・・)殺したのだ? 受領の殺し方はわかるが。

 先の二人、息子と奥方はまるで死に方が違っていたじゃないか?」

「いや、一緒さ」

 有雪が答える。

「実は、受領も含めて、三人とも同じもの(・・・・)で殺されたんだ」

 有雪は川縁りに続く夾竹桃(きょうちくとう)の並木を指差した。


「あれだ」


「!?」

 

 驚愕する検非遺使と犬飼。

 有雪は淡々とした声で説明した。


「夾竹桃は毒の木じゃ。

 河原で一人で飲み食いしていた息子に近づき、おまえ(・・・)は魚を焼くのを手伝った。

 その際、魚を突き刺したのが、夾竹桃の枝を削った〝串〟だった。

 串から染み出した毒の魚を食べ、息子は悶絶した」

「だっ、だが、奥方は?」

「奥方は魚など食べた気配はなかったぞ?」

 口々に問う二人に、

「毒の使い方は色々ある。おまえたちも憶えているだろう? ほら、奥方の室にあった〝伏せ籠〟を」

「あ!」

「あれか?」

 尤も、伏せ籠は貴人宅なら何処にでもある生活必需品である。

 伏せておいて上に衣類を掛ける。籠の中には香炉や火鉢を置いて、香を焚き染めたり、暖めたりするのだ。

おまえ(・・・)は人目を盗んで奥方の室へ忍び込み、伏せ籠の火鉢に夾竹桃の串を入れておいた。

 香と一緒に燃えた串は毒の煙を燻り出した。閉め切った室でそれを吸って、奥方は絶命したのだ」

 有雪は続けた。

「そして、最後に、受領の番が来た。あの仏間にも香炉があった……」

 頷く牛飼い童。

「その通りです。俺は最初、受領様も奥方同様、香炉に串を仕込もうと思っていたのです。でも」

「でも?」

「実際、邸に侵入して、その姿を目の当たりに見たら……激しい怒りが湧いて来て……

 気づいたら、喉に直接串を突き立てていました……」


「知らなかった。日頃、目にするこの木がそんな猛毒を持つ恐ろしい木だったとは……!」

 風に揺れる雪洞(ぼんぼり)のような可愛らしい花を隻眼で眺めやって、成澄は言うのだ。

「それにしても――おまえは、どうしてこの木が毒の木だと知っていたのだ?」

「それは」

 飛騨丸は薄く笑って答えた。

「牛飼いなら誰でも知っております。牛がこの木を食って狂死(くるいじに)する話が伝わっているんです。

 ですから、俺たち牛飼いは注意して、この木には牛を近づけないようにしています」

 飛騨丸は両手を差し出した。

「どうぞ、絡め取ってください。俺はもうこの世で思い残すことはない」

「おまえが、心優しい男だということは知っているよ」

 有雪は誰に言うともなく呟いた。

「あの子に、絵を描くための筆を、わざわざ枝を削って作ってやったのもおまえだろう?」

 熱心に絵を描いている少女を振り返って見つめる。

「おまえはそれには夾竹桃は使わなかった。ちゃんと別の木でこさえてやった」

「――」

「もしおまえが、復讐に目が眩んだだけの殺人鬼なら、迷わず検非違使に突き出せたものを。

 俺を、悩ませるなよ、飛騨丸」

 つくづくと息を吐いて橋下の陰陽師は頭を振った。

「そうだな、取り敢えず、さわを埋めた場所に、別れの言葉を言いに行って来いよ。

 おまえを絡め取るのはその後にしよう」

「え?」

「どうせ、これから行くつもりだったのだろう?」

 流石に飛騨丸はひどく驚いた。

「陰陽師というものは凄い! 何もかもお見通しなのですね!」

 それから、深々と頭を下げた。

「ありがとうございます。それでは、すぐ行って、戻ってまいります!」

 駆け出して行く牛飼い。その後ろ姿を見ながら成澄が堪えきれずに訊いた。

「何故だ? 何故、あの男が、大切な娘を埋めた場所へ行く途中だとわかったのだ?」

「知れたこと。魚を下げていたからな」

「だったら、余計、そんな場所へ行くとは思わないだろう?」

 目を剥く成澄。 

「埋葬地に生臭物(なまぐさもの)を供えるなど、聞いたことがない」

「それはおまえが都人だからさ」

「え?」

「鄙ではなあ、亡くなった者を埋めた場所に、敢えて魚――生臭物を供える習慣がある。

 成仏させないためにさ。特に、赤ん坊が死んだ時、それをやるな。

 この世で充分に生きられなかった命が、またすぐ帰って来ることを望んで」

 有雪はポツンと言い添えた。

「……悲しい習俗じゃ」

 思い出したように犬飼も頷いた。

「さわの腹にはややがいたのだったなあ……」

「これで、おまえの犬の死んだ理由もわかったろう?」

 やや明るい声で有雪は指摘した。

「おまえの犬は山に分け入って、飛騨丸がさわに捧げた魚を食ったのだろうよ」

「あ!」

 犬に生魚は禁物である。

「さあて、全ての謎が明らかになったから、俺はここを去るとしよう。

 達者でな、アヤツコ! また会おう!」

 すたすたと歩き出す有雪だった。

「って、飛騨丸を待たないのか? 戻ってから絡め取ると言ってたじゃないか?」

「それは検非遺使の役目じゃ。俺ではなく、検非違使に問え」

「俺? 俺か?」

 突然、名指しされて成澄は大いに慌てた。

「え? ええと…… そう! 俺も今回は検非遺使ではなく、ナリユキであった! 

 し、師匠に遅れるわけにはいかない。では、さらばだ、アヤツコ!」

 一目散に駆け出す成澄。

「おう! 二人とも、道中、気をつけて帰れよ!」

 気を取り直して犬飼はちぎれるように手を振る。

 有雪は一度だけ振り返った。

 川縁りに佇んで、いつまでも見送っている幼馴染と、その傍へやって来て、同じように手を振っている少女が見えた。

 だが、村に入って以来、あれほどつきまとって離れなかった()の姿はもはや何処にも見えなかった。


 ―― この決着のつけ方で満足か、さわさん?


「……本当に呪い殺されてはたまらんからな」

「どうした、何を見ている? 何か変わったものでも見えるのか?」

「おまえは黙っていろ、ナリユキ」

 いつの間にか、白い烏が肩に戻って来ていた。



          





        ――――   了   ――――





 

 ☆続けて旅編、行きます!

  都への帰路で成澄が大変な目に合います。情緒・情愛系です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ