鄙の怪異 7
オビトが去ってからも暫く有雪は腕を組んだまま考え込んでいる様子だった。
成澄が声をかけた。
「どう思う?」
「さっぱりわからぬ」
正直に有雪、
「この長男と、昨日は奥方。そして、今朝の主。
これで一応全員の死に様を見聞きしたが。はて? さっぱりわからぬ」
「おまえでもか?」
「おまえこそ、検非遺使なのだ。死体に接することの多い役目柄、何か気づいたことはないのか?」
「え?」
「え?」
成澄と犬飼、二人一緒、異口同音に驚いた。
「チェ、今更、隠す必要もなくなったからな。
アヤツコ、こいつは俺の弟子じゃあない。検非遺使だよ。天下の判官殿さ」
「!」
犬飼は狼狽した。いきなり河原にひれ伏す。
「いいから」
そんな犬飼の腕を引っ張って立ち上がらせる成澄だった。
「だっ、でも、判官様を? 雪丸は友のように〝こいつ〟呼ばわりしているのかよ?」
弟子と偽ったこと以上に、そのことに犬飼は吃驚している。
「友だからな」
成澄は笑った。
「そして、おまえも、そうだよ、アヤツコ?」
「!」
「だな。一緒に飲み食いした者は――饗食した者はその時より友になる」
有雪も頷くのだ。
「鳥辺野で俺たちがそうだったようにさ?」
15歳。葬送の山で粥を分け合った雪丸とアヤツコ。
「うむ。我ら、昨夜は、大いに飲みまくったものなあ!」
鄙のあばら屋で鍋をつつき濁り酒に酔った成澄、有雪、犬飼。
「それを思うと――」
受領の長男を『友ではない』と言い切ったさっきの若者の思いが痛烈に三人の胸を刺した。
「改めて訊くがよ、受領一家の死に様について、おまえはどう思う、成澄?」
有雪が話を戻した。
「皆、別々だな。つまり、共通点が一切ない」
検非遺使らしく成澄が指摘した。
「三人とも、全く違う死に方をしている。
俺が思うに、長男は〈中毒〉、奥方は〈急な病〉、というところか。
一番はっきりしているのは主の〈殺人〉だな」
犬飼が首を傾げた。
「俺なんかに言わせると、主以外は、〈呪詛〉に因る死に見えなくもないのだが……」
「俺も、実は引っかかるのはそこなのだ」
幼馴染の言葉に有雪も同意した。
「主が先の二人のような得体の知れない死に方をしていたなら、全員〈呪詛〉と片付けても良かったのだからな」
つくづくと有雪は言った。
「もし本物の強い術者がいて、呪詛をかけたのなら、主だってそれらしい謎の死に方をしたはずだ」
だが、そうではなかった。
「何故、主だけ、ああも明白な死に方……喉を刺し貫かれた〈殺人〉だったのか?
そして、そのせいで、先の二人の死まで、実は〈殺人〉だったのではないかと疑いたくなると言うものさ」
暫く口を閉ざした後で有雪は言った。
「〈呪詛〉だったら、俺は犯人を見つけ出せないだろう」
「え?」
日頃、尊大で自信家のこの男の言葉とも思われない。
驚く成澄に橋下の陰陽師は言った。
「人を呪い殺せるほどの術者を俺なんかが捕らえられるものか。そんな真似したらこっちが危ないわ。
逆に言えば、人を呪いで殺せる人間などそうそう存在しないということさ。
そら、俺以上の陰陽師がそうそう存在しないようにな」
「……」
例によって、人を食った胡散臭い論法である。成澄が抗議しようとした時、
「おや?」
土手でずっと絵を描いていたモモが駆け出した。
見ると、こちらへ歩いて来る人影がある。
牛飼い童の飛騨丸だった。
昨日もそうだったが、よく懐いていると見えて少女は嬉しそうに飛騨丸に飛びついた。
「おまえか、飛騨丸? 何処へ行くのだ? 甥御殿の使いか?」
成澄が親しく声をかけた。
「いえ、ちょっと家まで」
「実家のことさ」
犬飼が教えてくれた。
「あいつにはこの川の上流に年老いた母親がいるんだ」
牛飼いは腰に小魚を数尾ぶら下げていた。川縁で釣ったものらしい。
ふと思いついて、有雪が訊いた。
「おまえも、このようにして食べるのか?」
河原に残った炉の跡を指差す有雪。
即座に飛騨丸は首を振った。
「いえ、私たちは外では飲み食いはしません。食事は家の中でします」
「ハハハ、違いない! 外で飲食するのは風流を尊ぶ貴人だけだものな!」
微苦笑して陰陽師は訊き直した。
「俺が知りたかったのはそのことじゃない。釣った魚の食べ方さ」
「ああ」
合点がいったらしく、飛騨丸は炉を見つめて頷いた。
「魚は串に刺して、火で炙ります。焼いて食べます」
「そうか」
会釈して、少女と一緒に牛飼いは去って行った。
「まただ、あの娘……」
後ろ姿に低く呟く有雪。
橋下の陰陽師の、その揺れる眼差しに成澄も気づいた。
「何だ? 何か気にかかることでも?」
有雪はサッと首を振った。
「いや、何でもない」
☆注目!
凶器は既に記されています……