鄙の怪異 6
「おや? またあの子だ!」
川への道すがら、成澄の声に有雪は顔を上げた。
昨日の、口がきけないという少女がまた三人の後ろを遠巻きについて来ていた。
成澄は明るく笑って、
「フフ、あの子の目に、俺たちはよほど物珍しく見えてるんだろうな?」
「ここか?」
そこはかなり大きな川の河原だった。
勿論、宴を張っていた際の酒瓶や盃、皿の類は綺麗に取り片付けられていた。
残っているのは魚を焼いたらしい炉を組んだ跡だけ。
「ここで、ちょっと待っていてくれ」
犬飼が言った。詳しい状況を聞くために、その日、長男と一緒に魚を釣っていた邑人を連れて来ると言う。
有雪と成澄は河原で待つことにした。
「うまいもんだな!」
暇つぶしに川面へ石を投げる有雪を見て成澄が感嘆の声を上げる。
試しに自分もやってみたが、四、五回であっけなく石は水中に沈んだ。有雪は優に十回は跳ねさせる。
「それも、陰陽道の術の一つか?」
「馬鹿な。子供の頃覚えた、遊びの技さ」
勝負にならないので成澄は石を捨てて、土手の上に蹲っている少女の傍へ行った。
「逃げなくてもいい。俺たちは恐ろしい人間ではないぞ。
ほう? おまえもうまいものだな!」
少女は地面に絵を描いて遊んでいた。
川縁にそよぐ夾竹桃や山吹、紫陽花の花。
人の顔もある。
「これは飛騨丸、そして、安芸丸だな?」
特徴を巧く捉えているので成澄にもすぐ名を言えた。
この他にも、成澄が知らない何人かの顔。多分、邑人だろう。優しげな女の人や、老婆……
「やや! これは─」
烏帽子の男を見つけた。
「受領の甥だろう? あはは、こりゃあいい! 小狡くて意地の悪そうな顔つきがそっくりだ!」
少女の頭を撫でながら成澄は褒めた。
「モモといったな、おまえ? 本当に上手だ! 絵師になれるぞ!」
木の枝を削った棒を握って少女が描き出す線画の世界。
「どれ、俺の顔も描いてくれ」
喋れなくとも言っていることは理解できるようだ。少女はニコッと笑って地面を引っかき始めた。
「うまい、うまい!」
アッという間に描き上がったそれを見て成澄は手を叩いて喜んだ。
片目を布で縛った検非遺使の精悍な感じがよく出ている。
有雪もやって来た。
「おう、見てみろ、有雪。うまいもんだろう?」
「本当にな!」
「よし、モモ、次はこの男を描いてみろ」
成澄が言うと、また嬉しそうにこっくり頷く少女。
小さな手にしっかりと握られた枝の筆から、たちまち束髪の陰陽師が描き出される。
「ほほう?」
犬飼が証人を連れて戻るまで、二人は少女の描く絵を見て過ごした。
男は名をオビトと名乗った。受領の長男・資盛と同じ年の若者だった。
「何をお知りになりたいのでしょう?」
「受領の長男が亡くなった日の様子を詳しく話して欲しい」
「あの日、私たちは昼過ぎから魚を釣っていました。資盛様がお食べになりたいというので。
そして、魚を釣って、帰りました」
オビトの話は素っ気無かった。
「ちょっ……もっと詳しく話してくれ」
「詳しくも何も、それだけですよ。魚を釣って、それを資盛様に渡して、それで、私は帰りました」
「一緒に飲み食いしたのではないのか?」
「まさか。私は資盛様と一緒に食事をしたことなどありません。誘われるはずがない」
「友人なのに?」
薄っすらとオビトは笑った。
「私は資盛様の友人などではありませんよ。私は子分……召使です」
「でも、仕えていたわけではないだろう?」
「それはそうですが。手当をもらえる従者の方がまだましかも知れません。受領様御一家はここでは特別だ。邑人は全てあの方たちの従者みたいなものです」
川の反射が眩しい、と言うように若者は目を細めた。
「ですから、あの日も、魚が食べたいとおっしゃる資盛様に、私が釣って、充分に釣った後で私は帰りました」
「それが本当なら、資盛が死んだところは、おまえは見てはいないのだな?」
「はい。ここに筵を敷き、食器を並べ、食事の準備はして帰りました」
「これを組んだのもおまえか?」
有雪の指は河原の炉を指していた。
「そうです。火を起こして、すぐに魚が焼けるように、そこまでは用意して帰りました」
「受領の長男が死体で見つかったのは翌朝だったな?」
「はい。通りがかった者が見つけて、凄い騒ぎになりました。私も駆けつけましたよ」
「死に様を見て、どう思った?」
「哀れだと。ひどく苦しんだ様子でしたから」
若者は乾いた声で訊いた。
「もう行ってもよろしいですか?」