表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
142/222

鄙の怪異 5

 受領(ずりょう)の死の報に、流石に驚愕した三人だった。

 安芸(あき)丸と言う、短躯ながら猿のように身の軽い、いかにも牛飼い向きの使者と一緒に、急ぎ邸へ駆けつける。


 昨日の威勢は何処へやら。

 渡殿に蹲って震えているのは甥の資賢(すけかた)

「一体何があった?」

(あるじ)殿が亡くなったと聞いたが、何処で、何故、どんな風に?」

 有雪と成澄が質しても震えているばかりで埒が開かない。

「あわわわわ……」

 辛うじて上げた腕、その震える指先が指し示す方向へと進む。

「ウッ?」

「これは──」

 陰陽師、検非遺使、犬飼、何れも肝が座っている部類の人間だったが、刹那、息を飲んだ。


 そこは当世流行りの〈仏間〉とでも呼ぶべき一室。

 特別に作らせたに違いない木彫りの観音像が据え置かれている。

 その像前に受領は倒れていた。

 拝んでいたのだろうか? 香炉がひっくり返り、供物が散乱していた。

 足の折れた経机。

 のしかかるように横臥する受領の喉に三本、杭のようなものが打ち込まれている──

 刺さっている(・・・・・・)、と言う表現では余りにも優し過ぎた。

 苦悶の表情に顔は歪み、捻れた唇からは今しも断末魔の叫びが聞こえてきそうだ。

 咄嗟に自分で抜こうと藻掻いたのか? それとも、これは悶絶の名残?

 両腕が胸の上で奇妙な格好で絡まっている。

 その上に、滝のように降り注いだ血は、半ば乾いていた。


「〈呪詛〉などではない」

 低い声で橋下の陰陽師が言った。

「〈呪詛〉などであるものか。これは明らかに、人の手による〈殺人〉だ……!」




「人の手による〈殺人〉なら──」

 暫くして、我に返った犬飼が訊いた。

「昨日の段階で、先に亡くなった息子や奥方の死因を詳しく調べていたら、受領の死は防げたかも知れないのか?」

「まあ、それは何とも言えないが」

「おたおたおた」

 甥が渡殿を這ってやって来た。腰が抜けて立てないのだ。

 泣きながら有雪の白衣に縋りつく。

「お助けください、陰陽師様! これは明らかに〈呪詛〉!

 この家は呪われている!

 こうして、家中の者、全員、死に絶えてしまったのだから……!」

 陰陽師は不敵に笑ってみせた。

「だが、まあ、ある意味これで完結したというわけだ」

「とんでもない!」

 甥は首を振って、

「私はどうなります? 私が残っています! 私もこの家の血縁だもの!

 ああ、富裕に目が眩んで、少しでもおこぼれ(・・・・)(あずか)ろうとノコノコやって来るのではなかった! 死んでは元も子もない!」

 呆れる成澄。

「おまえ、ドサクサに紛れてとんでもないこと口走ってるぞ?」

「そんなことはこの際どうでもいい! お、お願いします! 一刻も早く〈呪詛〉の元を正して、私を助けてください! お縋りできるのは今や貴方様だけです、高名な都の陰陽師様!」

 今度呆れるのは犬飼だった。

「昨日と言ってることが、丸きり違ってますよ、甥御様?」

「そりゃ、自分の命がかかっているとなれば必死にもなりますよ!」

 流石に開いた口が塞がらない三人だった。

「お願いします! 金なら、いくらでも出しますから! どうせ伯父上の金だし──」

「……」

「嫌だ! 助けて! 私は伯父上みたいな死に方はしたくない──っ!」

 三人の冷たい視線の中で都育ちの甥っ子は独楽のようにクルクル回って泣き叫んだ。

「助けて! 助けて! 誰か──……!」

 とうとう甥は興奮極まって失神してしまった。

「どうする?」

 足元に伸びている都人を眺めながら、成澄が訊く。

「昨日の言動を考えれば、こんな奴、放って帰ることもできる」

 有雪はゆっくりと言った。

「こいつは動転してしまって、すっかり〈呪詛〉と思い込んでいるがよ、さっき言ったように、受領の死は、どう見たって〈殺人〉だ」

「だから?」

 犬飼が促した。

「うむ、受領が〈殺人〉なら、では、先の家族の死はそれぞれ何だったのか? どうも引っかかる。

 ここはやはり、きっちりと謎を見極めてから都へ帰るべきだな」

 幼馴染のこの言葉に大いに満足して犬飼は頷いた。

「おまえなら、そう言うと思ったよ!」

「それによ、この馬鹿な甥っ子から、大金をせしめられそうだし」

 検非遺使、今は警護兼弟子の成澄も頷いた。

「……おまえなら、そう言うと思ったよ!」




 全く役に立たない甥をよそに、受領・橘師遠(たちばなすけとお)の弔いを、残っている舎人――牛飼い童の飛騨丸、安芸丸の手を借りて執り行った三人だった。

 弔い、と言っても、平安末期のこの頃、定型はまだなかった。

 都人ですら鳥辺野等、山へ亡骸を〝捨てる〟のが葬儀だったのだ。

 よほど身分の高い貴人は僧を呼んだり、荼毘に処したりしたが。

 その貴人でも子供はやはり、山へ捨てた。庶民と違いがあるとしたら、亡骸を錦の袋に入れることくらいである。

 幼い娘を亡くした藤原実資(ふじわらさねすけ)が、恋しくて翌日、娘を入れた袋を置いた八坂平山に様子を見に行って、跡形もなくなっていた、と日記《小右記》に記しているのは悲しい。

 

 

 受領がなくなったことは既に邑中に伝わっているはずなのに、誰一人弔問に訪れる者はいなかった。

 皆、〈呪詛〉を恐れているのか、でなければ、よほど嫌われているのだろう。

 遅い昼餉の後、最初に死んだ長男の、その死に方について詳細に検分しようということになり三人は川へ出向いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ