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鄙の怪異 1

☆今回は平安京を遠く離れた、(ひな)でのお話。


 有雪と成澄の二人旅です。

 

 その日、一条堀川の通称〈田楽屋敷〉を訪った客は少々風変わりだった。

 蓑帽子を被り、蓑衣を纏っている。

「こちらに優秀な陰陽師がおられると聞いてやって来ました。ぜひ、お取り次ぎを願います」

「はて? 優秀とな?」

 丁度一人で笛を吹いていた検非遺使が玄関まで出て来て首を傾げた。

 真剣に考えた後で、

「フゥム……処を間違えたのではないか? そんな者はここにはいないがなあ?」

 勿論、至って真面目に言っている。

「そうですか? 何でも、名前に雪の字がつくと聞いたのですが。

 お心当たりはございませんか?」

「ユキ? 雪? 待てよ、それなら一人いるが──決して〝優秀〟ではないぞ。

 人違いかも知れぬが、いいか?」



「と言うわけで、座敷に上げて待たせてある」

 夕刻、白い烏を肩に乗せて帰って来た陰陽師に告げる成澄。

「ほう? それはどのような人物じゃ?」

京師(みやこ)の者ではない。

 あれは遠路遥々やって来た──(ひな)の人間だな!」

「鄙?」

 途端に有雪は相好を崩した。

「都から遠く離れた鄙の人間までもが俺を頼ってやって来るとは!

 さてもさても……俺の名もいよいよ(あまね)く知れ渡ったと見える!」

 薄汚れた白衣の胸を反らせて得意げに成澄を振り返る。

「運がいいな、成澄? せっかくだからこれからおまえにもいいものを見せてやろう。

 ああ、生意気な双子たちもこの場にいたら良かったのに!」

 生憎、当邸の(あるじ)の田楽師たちは数日前から地方巡業中だった。

 この時期、夏越(なご)しの祭祀に引っ張りだこの田楽新座なのだ。

「ほう、いいものとは?」

「言うまでもないこと。都で評判の陰陽師を目の前にして、そのあまりの有難さに床に()(つくば)る鄙人の姿じゃ。

 しっかと両目──おっと、今はまだ治っていないから片目か?──兎に角、焼き付けておくんだな! ハハハハハ」

 検非遺使は先の事件で負った怪我のため右目を縛って、隻眼だった。

 それはともかく──

 実際、襖を開けて、いきなり飛びつかれて床に這い蹲ったのは橋下の陰陽師の方だった。


「雪丸!」

 

 すんでの処で肩の烏は羽ばたいて逃げた。

 その白い羽が雪のように座敷に舞い散る中、鄙人は陰陽師を抱きしめたまま動かなかった。


「会いたかったぞ、雪丸!」

 

 一方、陰陽師も、鄙人の腕から逃れるどころか、しっかと抱き返した。

「俺もじゃ、アヤツコ! おっと、今は〈犬飼(いぬかい)〉か?」





「俺が〈犬飼〉だと知っているとは!

 流石、都で陰陽師をやっているだけのことはある……!」

 ややあって、落ち着いて座り直してから、鄙からの客は改めて感嘆の声を漏らした。

「ならば、俺がこうやって遥々訪ねて来た理由も、もうわかっているのだろう?」

 咳払いする有雪。

「いや、流石に、ちょっとそこまでは、な」

「そうか、では、話すが。

 実は俺の住む鄙の(むら)で不気味なことが続いているのだ」

 そう言って、旧友は〈鄙の怪異〉を語り始めた。



 


 それはその邑の受領(ずりょう)橘資遠(たちばなすけとお)に降りかかった出来事だった。


 受領とは地方に赴任した国守=地方長官のことである。

 中央へは一定の貢納を果たすだけでよく、自由な裁量が与えられたので、赴任先で権力と蓄財を欲しいままにした。紫式部や清少納言、平安文学を彩った女官たちもこの〈受領の娘〉である。


 さて。

 最初に不審な死を遂げたのはその受領の嫡男。名は資盛(すけもり)

 邑を流れる川の河原で息絶えていた。

 直前まで友人と魚釣りに興じていて、その釣った魚で酒盛りをしている最中、絶命した。

 まだ二十歳を過ぎたばかりの、健康そのものの若者だった。

 だが、受領の家の不幸はこれで終わらなかった。

 息子の弔いを終えて三日と経たない内に、今度は奥方が亡くなった。

 実は継母(ままはは)であり、義理の息子の後追いをした、というわけでは決してなかった。

 喪中の物忌(ものいみ)の期間だというのに、新しく都から取り寄せた何枚もの(うちぎ)をこっそり試し着していたらしく、閉め切った自室の中で、煌びやかな衣装に埋まって果てていた。

 勿論、息子も奥方もその身体に傷一つなかった。

 唯、二人共……


「酷く悶え苦しんだらしい。死骸に傷はなかったが苦悶の表情はくっきりと刻まれていた」

 

 その有様を見て、取り乱したのは主の受領である。

 これはきっと当家の富裕を妬んでかけられた呪い、〈呪詛〉に違いない!

 とすれば、次に命を狙われるのは自分……!


「それで、すぐに邑外れ──と言っても、ほとんど山の中だが──に住んでいるこの俺が呼ばれたというわけじゃ」

「何故?」

「うむ。前に一度、『幼馴染が都で陰陽師をやっている』と自慢したのを聞いていたと見える」






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