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眠り姫11

 中原成澄の衝撃は大きかった。

 だが、矢を外した検非遺使だけを責められない。

 何故なら、〈眠り姫〉の動きは尋常ではなかったのだ。

 蛍を掴み取ろうと、背を丸めるとシャッと飛んだ。

 その丸めた背の上を、成澄の放った矢は虚しく飛び去った──


「万事休す……!」

 思わず呻く成澄。

「今のは何じゃ?」

 姫の目が闇の中で金色に煌めいた。

「今、わらわを射たな?」

 姫は黒髪を波立たせて左右を見廻した。

「誰じゃ? 何処にいる?」

 幸いというべきか、呪術陣内にいる検非遺使の姿は姫には映らない。

 姫の目は田楽師に止まった。

「おまえたちか? 騙したな? 騙して、わらわを狩ろうとしたな?」

「え?」

「お?」

 小さな足で、裾を引いて、躙り寄る。

 双子の田楽師はその場に腰を落としたまま硬直した。

「馬鹿な真似を……! 

 おまえたち、わらわを射て、ただで済むと思うなよ?」

「射たのは俺だ! そいつらには手を出すな!」

 検非遺使が結界から飛び出した。

「成澄?」


「あのバカ!」

 有雪は歯噛みしたが、もう遅い。

 姫の目はハッキリと弓箭帯びたその姿を捉えた。

「おまえは──検非遺使? いつからここにおった?」

「さっきから、ずっとだ。そして、この弓で、姫を射て、仕損じた」

 大股に室を突っ切って姫の前に立つ。

 姫の背丈は黒衣の胸の辺り。身を屈めて成澄は言った。

「なあ? 姫の欲しがっている〈たま〉とは、ひょっとして、魂のことか?

 ならば、俺のをくれてやる。だから、そいつら(・・・・)は見逃してやってくれ」

 それから、素早く肩越しに振り返って田楽師兄弟に叫んだ。

「今の内に逃げろ、狂乱丸、婆沙丸! できる限り遠くへ駆け去るんだ!」


「あのバカ……」

 呪術陣内で繰り返す有雪だった。

 だが、検非遺使の気性は嫌と言うほど知っていた。

 あの男ならこうするだろう。田楽師たちを見す見す見殺しになどするはずはなかった。

 自分の命に(・・・・・)代えても(・・・・)──

「で? これからどうする? 次の策はあるのか、鱗持ちの帝の陰陽師よ?」

「私は……もうない。おまえはどうだ? 巷の橋下の陰陽師?」

「いや、俺も、流石にさっきので終いじゃ」

「ということは──今度こそ万策尽きたな」

 諦観の陰陽師たち。

 この場合、この種の性格は如何(いかが)なものか。

「後はもう念仏でも唱えるか」

「我等は陰陽師。念仏は僧侶の(つとめ)じゃ」

「ところが、俺は寺で育ったから念仏も誦せる……」


「さあ、姫、こっちだ! こっちを見ろ!」

 一方、呪術陣の外。

 成澄は田楽師から〈眠り姫〉の気を逸らそうと奮闘している。

 自分の方へ顔を向かせようと思わず姫の両肩に手を置いて気づいた。


 ── おや?


 〈半覚醒〉と布留佳樹は言っていたが。

 確かに、眼前の姫は、近づく人間を夢に引き込む〈完全に眠っている〉時ほど力はないようだ。

 つまり、今の姫は、〝人間の有す力〟以上のことはできない?

 ならば──

 何とかなるかも。腕力ではこちらのほうが強いのだから。

 検非遺使の脳裏を刹那、僥倖(ぎょうこう)が掠めた。

 実際、先刻から、肩を抑えられたまま姫は動かなかった。

 おとなしく、ジィーッと成澄を見つめている。成澄の瞳を。

 俺の何を(・・)だって?


 甘かった……!


「きれい」

「うあっ?」

 姫の爪が成澄の右目を裂いた。

「たまを見つけたぞ! それ、綺麗なたま(・・)じゃな? 

 わらわはそれが欲しい!」

 飛びつくと、馬乗りになり、細い指で爪を立てる。

 〝人の力〟で姫は成澄の目を抉り取ろうとした。

「くっ?」

「何じゃ? 逆らうのか? おまえは私に、たまをくれると言うたではないか!」

「──」

 真正直な検非遺使は抗うのをやめた。

 目を庇っていた両腕をダラリと下げた。

「そうだったな? 約束したんだった。

 わかったよ、姫。じゃ、持って行け」


 魂を取られるよりはマシかも知れない……




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