眠り姫10
いよいよ〈追儺の祭祀〉当日である。
陽が落ちるのを待って、それは開始された。
綺羅綺羅しい装束に身を包んだ双子の田楽師。
それぞれ得意の楽器、編木子と鼓を携えている。
片や、〈廂の間〉入り口近くに控える二人の陰陽師と検非遺使。
今日ばかりは三人とも黒衣を纏っている。
三人の周囲には注連縄が張り巡らされ、足元には五行相克図、五芒星、俗に言う晴明桔梗印。
こうすることで姫には三人の姿は見えない、と布留芳樹は言う。
逆に、田楽師たちには目立ってもらわなければならない。
観察の結果、姫は〈半覚醒〉の状態が一番危険がないことがわかっているので、姫の目を開かせ、誘い出して玉を見せよう、という手順である。
そして、玉に心奪われた時、その一瞬が勝負だ。
「準備はいいな? よし!」
布留の合図とともに、編木子が鳴り、鼓が激しく打ち鳴らされた。
つい、黒衣の三人ですら目を奪われるほどの、艶やかな田楽舞いが始まった。
「──」
御帳台で姫もムックリと起き上がる。
賑やかな田楽の響き。
美しい田楽師たちの舞踏。
パッチリと目を見開き、吸い寄せられるように姫はやって来た。
うっとりと双子の所作に見入っている。
「それ!」
懐から五つの玉を取り出して、結界の外に並べる帝の陰陽師。
「?」
田楽舞いから姫はそちらへ目を転じた。
既に〈桃の矢〉は弓に番えてある。
後は、姫が玉に近づく、その須臾の旬を待つのみ。
だが──
姫は全く無関心だった。
チラと目をやっただけで、すぐ田楽師の方へ視線を戻す。
そのまま、田楽舞いへと真っすぐ突き進んで行く。
「これは──」
「ど、どうしたのだ?」
「姫は玉に興味を示さないぞ?」
「つ!」
間違えた?
「では、これらの〈玉〉は、姫の求める〈たま〉ではなかったのか?」
流石に布留も動転した。額に汗が滲んでいる。
「これからどうする?」
成澄は歯を食いしばって質した。
「姫は双子たちの方へ向かっているぞ? このままではあいつらが危険だ!」
「どけ!」
立ち上がったのは有雪だった。
すばやく懐から何か──籠だ──掴み出すと、振って開けた。
途端に、パパパパッと飛び散る光……
暮れ始めた周囲の薄闇に明滅する光……
「蛍か!」
「?」
姫は足を止めて、飛び交う光に見入った。
「なるほど!」
蔵人所陰陽師は頷いた。
「うまいぞ! あれらも確かに〈玉〉じゃ!」
橋下の陰陽師、頷き返して一言。
「念には念を入れて、万事抜かりなきよう準備する。
これぞ、我等陰陽師の職なり!」
「あれは──」
一方、田楽師の兄は口惜しそうに呟いた。
「夕べ、俺が獲って来たものじゃ!」
飛び交い始めていると聞いて、成澄を誘って蔵馬山の小川に蛍狩りへ行った狂乱丸。
今宵は蚊帳の中に放して楽しもうと思っていたのに。
「クソッ、それを勝手に持ち出しやがって、あの似非陰陽師め!」
とはいえ、これは功を奏した。
今、姫は、小さな光る玉を捉えようと夢中だ。
さあ、次こそ、検非遺使の出番である。
二人の陰陽師は声を揃えて叫んだ。
「やれ!」
「成澄!」
「承知!」
だが……!
充分に引き絞って放たれた破邪の〈桃の矢〉は、宙を切って、壁に当たって、落ちた。
ポスッ。
なんとも形容し難い、嫌な音。
その場にいた一同が最も聞きたくなかった、虚しい音。
その密やかな音が響き渡った刹那、あれほど艶やかに燦ざめいていた田楽の調べも途切れた。
「外した、だと?」
この俺が?
使庁に並びなき弓の名手の、この俺が、かよ……?




