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眠り姫 2


「姫の名は詳らかにはできない。やんごとなき姫君、とだけ言っておこう。

 それで不自由だというのなら──ここ最近では〈眠り姫〉と呼ばれていることを付け加える」

 官人陰陽師は厳かに告げた。

「何故なら、この姫は三月余りもこうやって眠り続けているからだ」

「まさか!」

 目を見開く成澄。

「時々は起きられて、食事等なさるそうだ。但し、その際、意識はない。

 半覚醒の状態と私は見ているのだが。

 そして、また、昏昏と眠られる。とはいえ、姫ご自身、助けて欲しがっているのはわかる。

 おまえも体験したろう?

 近づいた者をご自分の夢に引き込んで、助けて欲しいと懇願なさるからだ。

 その願いが余りに強すぎて──引き込まれた者たちも昏倒し、目醒めることなく絶命する」

「え?」

「だから、さっき褒めたのじゃ。よくぞ、戻って来た!

 〈眠り姫〉の夢に引き込まれて、戻った人間は、おまえで二人目だ」

「あとの一人は?」

 嫌な予感しかしない。

「勿論、私さ!」


「名乗るのが遅れた。私は布留佳樹(ふるよしき)蔵人所(くらんどどころ)の陰陽師である」

 目の覚めるような白い水干の袖を払って布留は言う。

「この度、(みかど)直々に〈眠り姫〉の覚醒を仰せつかった」

 帝の名が出たところで、成澄は別段、驚きはしなかった。

 それもそのはず──

 蔵人所陰陽師こそ、最も権威ある陰陽師。


 普通、官人陰陽師と言えば、陰陽寮に属す陰陽師を指す。

 その勤めのほとんどは、天文を観察して暦を作成したり、漏刻(みずどけい)で時間を測って時を知らせる……

 というような実生活を円滑にすすめる技術職であった。

 が、蔵人所陰陽師は違う。

 蔵人所陰陽師こそ、帝直属の陰陽師であり、呪禁道に法って玉体を守護し、卜占や儀式、祭祀を司る原初的な、呪術専門の陰陽師である。

 陰陽寮の長である陰陽頭より、こちら、蔵人所陰陽師の方が位が高いのもそのためだ。

 なお、今に伝わる『朝野群載(ちょうやぐんさい)』には、長徳元年(995)、一条天皇の蔵人所陰陽師として安倍晴明・賀茂光栄の名が記されている。現在超大な人気を誇る安倍晴明は言うまでもなく蔵人所陰陽師だった――


「〈眠り姫〉は三月前の四月十七日の朝から、突然このような状態になられたのだが、私の努力の甲斐あって少しづつその実態がわかって来た」

 いったん息を吐いてから、帝の陰陽師は言った。白皙で端正。一見、優し気な風貌である。

「姫は恐ろしい病に罹っておられる。私の診たてでは、姫は〈穢悪しき疫鬼〉に呪われて、その身を乗っ取られているのだ……!」

 現代人はこの布留佳樹の言葉に矛盾を感じるかも知れない。

 が、平安のこの時代、病とは全て、〈疫鬼〉〈悪霊〉がもたらすものと信じられていた。

 従って、成澄が不思議に思ったのは、官人陰陽師の〝診たて〟ではなかった。

「姫が病だというのはわかりました。ですが、何故、私を喚んだのです?」

 首を捻りながら成澄は訊いた。

「確かに私は弓矢も得意ですし、大刀も巧みに使えます。しかし、実体のないもの──物怪には手が出せません。無力ですよ?」

 これに対し、蔵人所陰陽師は頑なに繰り返すのみ。

「〈眠り姫〉を覚醒させるためには〈穢悪しき疫鬼〉を祓う必要がある。そのために、私は〈追儺の祭祀〉を執り行うつもりだ」

「いや、だから、それはわかったから──」

 段々焦れて、成澄の方も言葉使いがぞんざいになって来た。

「何故、俺なのかと訊いているのだ」

「その〈追儺の祭祀〉を行うに当たって、古い記録を調べた」

 布留は式神を扱う時そのままの流麗な所作で一枚の紙を取り出した。


 《 天暦元年(952) 六月二十三日 

   鬼気を祭治するための〈祭祀〉を行った人員 》


 とある。

 指し示しながら布留は言った。

「この、陰陽允・中原善益というのがおまえの祖先である」

「なるほど」

 つくづくと見入って、成澄。

「で? その横に記されている、奉礼・陰陽師・布留満樹と言うのが貴方の祖先というわけか?」

 蔵人所陰陽師は満足げに頷いた。

「この天暦の祭祀は成功した。効力のあった人員を採用するのは天の理に適っている。

 実際、おまえは、無事戻って来たではないか!」

「あ、危なかったんだぞ!」

 一人では無理だったかも知れない。

 体が石になって行く感触を思い出しながら成澄は思った。


 (あの可愛らしい田楽師がいなかったら……?)

 

 改めて成澄の全身を冷たい汗が流れた。

「それにしても、説明もなしに、いきなり、こんな乱暴なやり方をして──

 もし、俺が姫の夢に引き込まれたまま戻って来れなかったら、どうするつもりだったのだ?」

「その時はそれまでじゃ」

 布留はあっさりと首を振った。

「力のない者に、これから先の仕事はできぬからな」

「!」

 権威ある〈帝の陰陽師〉も〈橋下の陰陽師〉も……

 陰陽師と名のつく者は、皆、こういう性格なのだろうか?

 人の心の機微を斟酌しない、冷徹で尊大な輩……


 ハークション……!



☆大約すると奇病・疫病など特異な病を防ぐための祭祀が儺祭、追儺の祭祀です。

☆布留佳樹が示した《天暦六年の鬼気を祭治するための》祭祀の記録は史料として実在します。

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