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検非遺使秘録 §伝説の『白蛇天珠の帝王』とコラボ作あり§  作者: sanpo
カスカニカスカナリ〈全27話〉
110/222

カスカニカスカナリ 19 ★


「遅かったな? 袖にされたなどとぬかしていたのに、もう縒りを戻したのかよ?」

 田楽屋敷に帰った途端、出迎えた兄が発した皮肉な言葉を婆沙丸は無視した。

 それほど心は躍っていた。

(ひょっとして──(さい)の目が変わったのかも?)

 となれば、兄との〝未来競争〟は未だ有効なのだ。

 自然、足取りも軽くなる。田楽を舞うように飛び跳ねて縁を歩きながら婆沙丸は夢想した。

 愛しい娘を災厄から守り抜き……夫婦となって幸福に暮らす……

 今なら夢の全てが容易に叶いそうな気がする。

「ご機嫌だな?」

 座敷の襖が開いて有雪が顔を出した。

 橋下の陰陽師は叡山から帰って今に至るまで、恵噲の残した〈謎〉の解明に没頭していた。

 二対の曼荼羅図と六本の扇を矯めつ眇めつして〈八葉鏡〉の在処(ありか)を読み取ろうと奮闘したのだ。

 とはいえ、流石に頭が痺れてきた。そろそろ気分転換が必要である。

 それには、双子をからかう、これが何より最適だった。

「ご機嫌だとも! それもこれも……犬のおかげじゃ。フフフ、あいつらも役に立つことがあるんだな?」

「とは?」

「うん、実はな……」

 兄と並んで(しとね)に腰を下ろすと、婆沙丸は蛇使いの娘がひどく犬を嫌う話を語って聞かせた。

「それにしても、まるで自分自身が蛇であるかのように犬を嫌うのじゃ。長いこと一緒にいると自分とその近しい者との境がぼやけてくるのだろうか?」

 頻りに首を捻る婆沙丸。

「自分と傍にいる者との違いがわからなくなる──つまり同一化するということか?」

 有雪は頬を掻きながら意味深に笑った。こういう時、肩の烏も笑った様に見えるから一層奇怪だ。

「大いにあるさ! 現におまえたち(・・・・・)がそうではないか?」

「!」

「!」

 狂乱・婆沙の田楽師兄弟は二人同時に顔を上げた。

「おまえたちは二人で一人だと思っているだろう? そして、それは双子だから、一緒に生まれ育ったから、だと。だがな、そんなことはマヤカシよ。そう思い込んでいるだけだ。おまえも、おまえも」

 と言って一人づつ指差して、

「実際は全く別の人間なのさ! 好みだって生き方だって……未来だって違って当然なのじゃ!

 そのことに一体いつ気付く?」

「──」

「──」

 またしても双子は二人同時に陰陽師から顔を背けた。

 まさに昨今の喧嘩の源をズバリ言い当てられた格好だ。占いはあんなに外すくせに……

 気まずい沈黙が続く。それぞれが己の心の深奥を探っているようにも思えた。

(こりゃ、ちょっとやりすぎたかな?)

 いかに無神経とはいえ、流石に有雪も神妙な面持ちになる。場の空気を読んで話題を変えることにした。

「ところで──その娘、犬に追われるのは今日に限ってのことか?」

 婆沙丸がゆっくりと答える。

「ああ。前にはこんなことなかった」

「血の匂いのせいかも知れぬな」

「確かに。蛇が食いちぎられていたものな」

「馬鹿だな、有雪の言ってるのはソレじゃないさ」

 狂乱丸が口を挟む。

「月の(さわり)というやつ……」

 婆沙丸は露骨に嫌な顔をした。

「よせよ。そんなの犬にわかるものか。大体それを言うなら──前に腕を蛇に咬まれて怪我した時ですら今日みたいには犬に追われなかったぞ」

「だが、犬に纏わり付かれたのは蛇が食いちぎられる前からだろう? だとしたら、やはり、犬を呼んだのは、その女自身の血の匂いじゃ」

 この件で、兄はひどく執拗で意地悪く婆沙丸には思えた。

「何が言いたいのじゃ、兄者?」

「別に。犬は血の匂いに敏感だということさ。だからこそ、連中は狩りの良き伴侶となる」

「もう血腥い話はやめろよ。日頃、自分は神の器だなどと気取っている兄者には似つかわしくないぞ?」

「俺が、日頃、何だって?」

「摩多羅神の童子に似合いの高潔な兄者だと言ったんだ」

「待て待て」

 有雪が割って入った。別に喧嘩を止めようとしたわけではない。ここぞ本領発揮の独断場だと悟ったのである。

「神が血を嫌うと決めてかかってはならぬぞ、おまえたち」

 黙っていれば女帝さえ陥落させかねない妖しい美貌で薀蓄を垂れる。

「血や狩りを好む神もいるからな。あれは何処の神だったか──

 毎年、祭りの供物として鹿肉を求めるのは?

 そこの氏子は競って地元の猟師に鹿を仕留めさせる。だから、祭日前の境内には矢の刺さった血だらけの鹿がうず高く積まれるそうじゃ。どうだ、なかなかゾッとする光景と思わぬか?」

 そこまで言って、有雪は突如、口を閉ざした。

 雷に撃たれたように白い閃光が頭の後ろを走った。

(俺は、今、答えの近くまで来ている──)

 何だ(・・)? 何が(・・)そう感じさせた?

 今、口にした言葉のどれかに答えへと導く何か(・・)があった?

 有雪は思い返しながら尊重に呟いてみた。

「血? 狩り? 矢?」

「そうだ、矢と言えば──」

 声を上げたのは婆沙丸だった。

「ずっと引っ掛かってたんだ、俺」

 婆沙丸は立ち上がると座敷の壁に貼ってある恵噲の曼荼羅の前へ行った。

 そこに立って、改めて有雪を振り返る。

「ちょっと五眼印の扇とやら、見せてくれよ」

 有雪が渡した六本の扇を見て婆沙丸は嘆息した。

「やっぱりなあ! 皆、枝を咥えてる……」

「当然だろ」

 狂乱丸が笑う。

「花喰い鳥だもの。花喰い鳥が咥えるものと言えば、花か枝に決まっておる」

「じゃ、こっちは何なんだよ? 矢だぞ?」

 曼荼羅の片方を指差して婆沙丸は言うのだ。

「何だと?」

 血相を代えてその一枚に飛びつく有雪。

 婆沙丸の指摘通り、よくよく見ると、向かって右側、屋根に鹿が乗っている方は花喰い鳥の絵柄も違っていた。

 その鳥が咥えているものは花枝ではなくて矢である──

「ムム……気づかなかった」

 狂乱丸が唸る。

「だが、確かに、これは矢だ。飾り羽と(かぶら)がついているもの。おまえ、いつから気づいていた?」

「え? 最初からさ。でもまあ些細な違いだから取り立てて言うほどのことでもないかと思って。有雪だって気にしてなかったし」

「馬鹿だな。有雪は気づかなかったんだよ。なあ、そうだろ、有雪?」

 その有雪、今や凝結したかのごとく曼荼羅の前に立ってブツブツ言っている。

「枝と矢……鳥と矢……矢と鳥……?」

「やととり、か。待てよ、おい、やをとる──」

 陰陽師の言葉を聞いて狂乱丸が言った。

「どうだ? 鹿が乗ってるその館から〝や〟を〝とり〟……〝かた〟では?」

「〝かた〟に乗ってる鹿?……肩に乗ってる鹿か?」

 婆沙丸が笑い声を上げた。

「何だ、もっとわけがわからなくなるじゃないか! 兄者、それは絶対違うって」

「そうか? ならば……」

 先刻の険悪な雰囲気は何処へやら。

 すっかりいつもの調子に戻った双子のやりとりを聞いていた陰陽師の顔が(こわば)った。

肩に鹿が乗る(・・・・・・)……それだっ!」


 挿絵(By みてみん)




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