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検非遺使秘録 §伝説の『白蛇天珠の帝王』とコラボ作あり§  作者: sanpo
カスカニカスカナリ〈全27話〉
101/222

カスカニカスカナリ 10 ★

「おや、それは何の(まじな)いじゃ? 麗しき田楽師殿?」

 あえかな笑みを浮かべて辻に立つ遊女が声をかけて来た。

 片袖のない水干を纏った婆沙(ばさら)丸。今日も京師(みやこ)の大路小路を彷徨っている。

「そうだな。呪いと言えば呪いか。おい、衣よ? 別れ別れになった己の片袖を求めて……どうか俺をあの娘のもとへと導けよ……」

 有雪の卜占は、またハズレた。

 昨日一日、教えられた方角を探し歩いたものの全く(らち)が開かなかった。あの女──蛇を集めていた娘とは、遂に巡り会えなかったのだ。

 だが、婆沙丸は諦めていない。今日も、目が醒めるとすぐ街中へ飛び出して来た。目ぼしい往来を巡った後、常に人で賑わう東の市に至る。

 そこで、一際(ひときわ)歓声が上がり、人の輪ができている一角に行き当たった。

 人々の頭の後ろから何気なく窺うと、蛇使いの見世物をやっている。

「!」

 巧みに蛇を操っている娘こそ──例の女だった……!

 背中で束ねた長い黒髪。丈の短いくすんだ色の小袖。草鞋(わらじ)履きの小さな足もあの夜のまま。抜けるように白い肌、そして、剥き出しの二の腕に結んだ秘色の布こそ、婆沙丸の装束の片袖である。

 娘が蛇を操るたびに風が生じて、布は宛ら、西方十万億土の地の(かぐわ)しい幡のごとく(そよ)ぐのだ。

 娘は何匹もの蛇を空中へ投げ上げた。

 生きたその手玉は阿修羅の車輪のようにクルクル娘の周りを廻る。

「おお!」

「わあ……!」

 彼方此方で歓声が上がる。

 時を移さず娘は左右の手に腕輪よろしく次々に蛇たちを掛けて行く。

 最後の蛇は、見事、娘の首に落ちて、キラリ、首飾りと化した。

 また、どっと湧く人々の声。

 息もつかせぬ芸の最中、しかし婆沙丸の視線はただ一点、娘の顔から動かなかった。

 婆沙丸は娘の顔だけを見つめていた。

(兄者が『わからない』と言うのが、俺にはわからない(・・・・・)……)

 あの目、あの眉、あの唇……

 あれは俺の思い人……ずっと探し続けた愛しい女だ!

 娘の芸はいよいよ佳境へ入った。

 再びクルクルと蛇を手玉に取り、二手、三手に分け、交叉させ、娘自身もクルクル廻り……

 そして、一匹、真っ白な蛇をより高く空へ放った。

 落下して来た白蛇は一振りの純白の(つるぎ)と化していた。

 娘はその剣を鮮やかに掴み取ると、頭上に翳し、左右に薙ぎ払う。

 冴えた音が虚空を裂き、凍えた風が見物する群衆を吹き過ぎた。

 その刹那、確かに衆人の目裏には雪を頂いた北国の霊峰が見えた──

 娘が再び両の手で頭上高く捧げ持った途端、剣は柔らかな白い蛇に戻っていた。

「おおお──っ!」

「凄いっ!」

 万雷の拍手と喝采……!



  芸も果てた。

 盛大に撒かれた種々の鳥目を拾い集めている時、地に生えたように居残っている足に気づいて娘は顔を上げた。 ※鳥目=銭、お金

「?」

「見事な芸だな? 外術(てじな)の技も入っていると見たが?」

「あ、おまえ様は──」

「おい、俺はてっきりおまえは薬屋か肉屋の類と思ったぞ。まさか、蛇をこんな風に使っているとは……!」

 娘はほんのりと頬を染める。

「私は〈蛇使い〉じゃ」

「お仲間だったとはな!」

「と言うと?」

「俺は〈田楽師〉さ。同じ芸人じゃ」

 娘は笑った。

「ああ、どうりで。派手な着物じゃ!」

 あんまり綺麗なので解かずにいる、と秘色の袖を巻いた腕を上げて見せた。

「傷は大丈夫なのか?」

「こんなもの。芸をしくじったと言って打擲(ちょうちゃく)された頃の痛みに比べれば、何ほどのこともない」

 その言葉に婆沙丸は顔を曇らせたが娘の方は一向に頓着していない様子。

 気を取り直して婆沙丸は尋ねた。

「名くらい教えてから出て行っても良かったんじゃないか? 何と言う?」

水葉(みずは)じゃ。おまえ様は?」

「婆沙丸」

 いつでも……

 愛しい娘に自分の名を告げる時の、体中を突き抜ける眩暈(めまい)を伴うほどに甘やかな戦慄はどうだ……?




白湯(さゆ)などお持ちしました」

 盆を掲げて入って来た源空。

 真昼もとうに過ぎた時刻である。遅い春の長閑(のどか)さの中、鶯の声が遠く近く聞こえる。

「おう! これはありがたい。気が利くな?」

 嬉々として受け取ったのは有雪の方。狂乱丸は見向きもしなかった。

 朝方、僧坊へ乗り付けるや、接待役の源空に声もかけずに、恵噲(けいかい)の室へ文字通り〝乱入した〟二人だった。

 さっさと引き上げた昨日とは違い、今日はそのままずっと籠り続けている。

「──」

 見るからに異形の二人──白衣の方は肩に生きた白い烏を乗せている! ──を盗み見て、若い僧はそっとため息をついた。

 だが、烏も陰陽師もまだマシだ。昨日以上に田楽師の態度たるや、鼻持ちならない。今日は一人きりで片割れ(・・・)はいないが……

 苗色の水干がなんとよく似合っていることよ! それなのに、愛想笑いのひとつもしないとは。検非遺使にはあんなに(なつ)いていたくせに。

 源空は思った。

(やはり、モテるのはいつだって近衛や衛府や北面だな?)

 ──父上(・・)のような……?

 だが、その父は同業の北面の武士と斬り結んで呆気なく死んでしまった。母と幼い自分を残して。

 やはり、武士など何処がいいものか……!

「何だ? 俺たちに用があるのか?」

 盆を抱えたままその場に膝をついて動かない僧に気づいて有雪が尋ねた。

「あ、いえ」

 我に返って源空、慌てて立ち上がる。

「その、今日は検非遺使様はいらっしゃらないのかと思って……」

「成澄なら後から来るよ。どうした、そんなに気になるか?」

「!」

 笑いを含んだ有雪の声に田楽師が顔を上げた。先刻まで目も合わせなかったのに射抜くような鋭い眼差しで睨みつける。

「ハハハ、気を付けろよ、お坊様! こいつ(・・・)の悋気は半端じゃない。歩く道もろとも焼き殺されるぞ! それにしても──モテるねえ、我等が判官殿は」

 ちなみに〈判官〉とは検非遺使尉(けびいしのじょう)の別称である。よく言われる〝判官贔屓(びいき)〟は、かの源義経の官位が検非遺使尉だったことに由来する。

「そ、そんなんじゃありません」

 焦って接待役は手を振った。

「私はただ、あの方が、父に似ているように思えて、それで……」

「父だと?」

 田楽師の瞳が更に燃え立つ。火花でも散りそうな──

「あ、勿論、私の勝手な思い込みです。あの方は私の父より遥かにお若いし、ご立派です」

 その時、僧院の床を鳴らして当の成澄が入って来た。

「待ったか? 悪かったな? ……おう、源空殿? 今日も世話になるぞ!」

「し、失礼します!」

 入れ替わり、逃げるようにして僧は出て行った。

 その背を見送ってから、改めて検非遺使は詫びた。

「待たせたな。厄介事が色々と持ち上がって、こんな時間になってしまった」

「なんの」

 音を立てて白湯を飲み干しながら陰陽師はせせら笑う。

「おまえに待たされるのは今に始まったことじゃない。なあ、狂乱丸? こいつなんか、未来永劫、永遠に待ち続けだもんな? 下手したら弥勒菩薩が先に現れちまう」

 弥勒菩薩は五六億七四万年目に出現するとされている。

「成澄、いつかこの似非(えせ)陰陽師を叩き切ってくれ。今でもいいぞ」

 犬猿の仲とはこのこと。検非遺使は微苦笑してやり過ごした。

「で、どうだ? 恵噲がこの室に残したという〈謎〉について……何か見つかったか?」

「おうよ!」

 胸を反らせる陰陽師。あまりに反り返ったので肩の烏が堪らず羽をばたつかせた。

 影で狂乱丸は舌打ちした。

「チエッ」

 田楽師の機嫌が悪かったのは実はこのせいもあった。自分ではなく、よりによって陰陽師が謎を見つけたのだ。

「見てみろ、成澄、こっちだ」

 有雪は検非遺使を室正面の壁の前へ引っ張って行った。

 貼ってある二対の曼荼羅図を指し示す。

「さて、これをどう見る?」


挿絵(By みてみん) 挿絵(By みてみん)







 

 次回、曼荼羅の拡大図を掲載します。

 でも、差異はもうおわかりですね?

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