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春の巻 拾九

小夜は心配性。

 いつもの与えられた部屋で、そのとき小夜はぼんやりと座り込んでいた。

 (……どんと構える、といっても)

 そもそもどうしたら良いかわからない。そして女官として年少の小夜には、主不在では何もすることがない。できることがない、と言った方が正しいかもしれない。華宮の話し相手の立場に甘えず、もっと常日頃から上総の作業を手伝っていればよかった。手伝うだけでなく、自分で考えてなにか作業に当たればよかった。

 (構えるって、何だろう)

 構えておれと言った、その上総はいつも悠然としている――下手をすれば、政略に長けた殿上人たち以上に。それは彼女自身がもつ揺るぎない自信に由来するものだと、小夜も気づいていた。

 (自信って、なに)

 義母に義姉に蔑まれてずっと暮らしてきた小夜に、そんなものなどあろうはずがない。けれど上総のようになりたければ、頼りがいのある女官として華宮にお仕えするには、自分でそれを養っていかないといけないはず。その道のりを思うと気が遠くなりそうだ。

 (でも、自信が無くても、できることがある)

 たとえば、昨夜のように。

 たとえ上総の真似であれ、自分より年上の――しかも物々しい空気をもつ衛士たちに対して堂々と振舞えた。思い返すたび、己のことなのに驚きを禁じえない。強く「自分で何とかしなければ」と思い行動すること、そしてそれが(一応は)果たせたこと。どちらも小夜にとっては初めての経験だったけれど、それが今は自分の胸のうちで明かりが灯ったように、あたたかく、そして不思議な心強さを感じていた。

 ひとまずは、上総の真似でもいいと思う。いつかは全て自分で考えて自分で行動できるように。寄せられる気持ちに、卑屈にならなくて済むように。

 (宮さまと、話をしよう)

 何が気に障ったのか、自分の何が至らなかったのか。きちんと聞きだして、落ち度があれば謝って。まずは、それからだ。


 遠くからどんどんと音がする。昨夜聞いた衛士たちの荒々しい足音に似た…いや、それにしては足取りが少なく(おそらく一人なのだろう)、それに足取りも軽いような気がする。それに、今聞こえる足音は地面ではなく板敷きのものだ。たくさんの人が住まう内裏で、軽い騒ぎは日常茶飯事。そのわりに、普段よりも足音も聞こえ話し声も近い。

 (?!)

 いや、近づいている。ばたばたと騒々しい駆け足の音が、華宮を待つこの部屋に向かって。何事かと戸口に向かって居住まいを正したとき、激しい音を立てて蔀戸が開かれ、鮮やかな布地の塊が小夜へとぶつかってきた。


 「小夜!」

 布地の塊と思ったのは人――それもこの部屋の主で、小夜の首根っこにぎゅうとしがみついてくる。ぶつかられた勢いで後ろに倒れそうなのを、なんとか堪えて我に返る。ふわりと、やわらかい匂いがした。

 「……み、宮さま?!」

 覚えている限り彼女がこのように飛びついてくることも、それ以前にこれほど急ぎ慌てることもなくて(もちろんこのようなことが起これば「何ですかはしたない」と目を吊り上げる上総が普段そばにいることも影響しているだろう)、何事だろうかと小夜は身構えてしまう。

 「ど、どうしたんですか?」

 たしか彼女は生母である中宮に呼ばれて藤壺に行ったはずで、だとしたら中宮に何かあったのだろうか。華宮や咲宮の母であり、上総がかつて仕えていた主である女性。上総が戻ってこないことを思えば、その推測の真実味はいや増すばかりだ。

 それとも、と別の考えが頭をよぎる。

 問題が起きたのは藤壺中宮ではなく、ほかならぬ華宮の身にではないのか。だからこそ、太政大臣邸から戻り次第すぐに、という触れ込みで呼ばれていったのではないのか。

 「宮さま……?」

 それなのに彼女は、泣きだしそうな表情で、真剣な目で、予想もつかないことを話し出すのだ。

 「きいて、ほしいことがあるの」


短めですが、きりがいいので一旦切ります。

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