諜報、情報、勉強法
言葉に思わず苦笑する。
「やっぱり、下手だったかな。自分でも、判ってはいるんだけど、今までは頼りになる人がいたからね」
以前は、交渉事は、ラッセルが殆どやってくれた。俺に任されていたのは、恫喝や脅迫、後は拷問くらいなものだ。それも、頼りなさげな見た目との、ギャップを利用して、アクセントになっていただけだった。軽口をたたきながら、情報を引き出していく、あの腕は真似出来ない。
「いやいや。中々だったよ、少なくとも、ここいらに、たむろって居る奴には、出来なかったことだ。必要なのは、経験かな。もう一寸落ち着かなきゃね」
そう言って、酒を注ぎなおしてくれる。やはり、熟練とは得がたい。
「恩に着ますよ。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいましょう」
銀貨二枚を取り出しカウンターに置く。
「おやおや、豪勢だね。私は、裏には繋がってないよ、真っ当な商売でね」
「裏は要らないよ。少なくとも、今はね、聞きたいのは、表の深い所。国、それと、呪式に関してだね。呪式のほうは、出来たらで良いですよ」
「そうだな。とりあえず、何処の国から来たのかは知らないが。この国は、通っただけかね?それとも住み着くつもりかい?」
「まだ判らないなぁ。そう言った事を決めるのに、情報を集めている最中なんでね。少なくとも、あと1週間は、この町に居るつもりだけど」
「あんまり、勧められないね。今の国王は、良い王だ。それほど、才走った方ではないかも知れないが、人の忠告を受け入れることが出来るお方だ。そして、一昨年までは、宰相が生きていた。ヴェスター宰相と言ったんだが、見識、能力共に一級品、国王とは友人で、お互いに助け合ってこられた。ところが、王子、こちらが問題でね」
「何か、問題でもあるのか?最悪、兄弟やらその他の王族から、後継者を擁立できないのかね?」
マスターは、軽く首を振る。
「今の王の子供は彼一人。そして、王族と言っても、そのほかの王位継承権を持つものは、皆高齢だ。唯一の救いは、その王子の子供は、評判が良いって事くらいかな。しかし、憎まれっ子は世にはばかるとも言うしね。その次の世代まで、国が保てるかどうか。私は、低いと読んでいるね。今の王は高齢で、何時身罷られてもおかしくない。あと6年もすれば、同盟も解消される。そんな時に、国が弱っていたら?行動は一つだ。寄って集って切り分けるだろうね。後は美味しくって奴さ」
「そりゃあ、大変だな。だがね、それは深い話じゃないよ。浅くも無いが、深くも無い。チョット事情通なら知っているってレベルでしょう。それとも料金が足りないのかな?」
目が、目だけが笑っている。まったく、俺の周りには、教育者が多い。ありがたい事だ。もちろん皮肉で言っている。
「いや料金は十分さ、釣りを出しても良いほどにね。さて、息子は馬鹿だが、孫は秀逸、能力もあり成長もする、しかも人格にも問題が無い。お前さんならどうするね。」
「息子を飛ばして孫を後継者にするな。教育も若いうちのほうが良いし。」
「その通り。まぁ正論だ、血統には問題ない、孫可愛さも手伝ってね。それは実現しそうだったが、未だ成されていない。王子だって、バカなりに王族だ、何か察して妨害しているんじゃないかって話だ。それに、子供たちを暗殺しようとしているって話もある。ここまで来ると、完全に裏の話だ、私には判りかねるがね。噂は、流れてる」
「能力の無い自惚れで、しかも外道か、気持ち良い位のダメ人間だね」
聞くだけで、気分が落ち込むような、話だ。自分に、火の粉が掛からない限りは、どうでも良い話ではあるが。とりあえず、ため息を一つ、ついてみせる。
「そうさ、お先は真っ暗って事だ。そろそろ人が多くなる、今日はこの辺りまでで良いかね?」
確かに、カウンターにも、客が何人か座り始めた。
「ああ、興味深い話、とても興味深い話だった。また聞きに来ても良いかな?」
「頂いた御代にはまだ足りないからね。最近は、情緒ある冒険者が、減って久しい、歓迎するよ。酒はまだ飲んでいくんだろ」
カップに先ほどの酒が注がれる。
「ああ、美味い酒を、上手に飲ませてくれる店は得難いね。滞在を延ばしたくなるよ」
「そりゃ歓迎だ、王様も、酒を飲んでいる間位は、生きていてくれるさ」
「それでは、王様の健康に乾杯」
カップを軽く掲げる。マスターは、新しく入ってきた客の対応に移った。暫くは、酒を楽しみつつ、客の話に耳を傾ける。
2時間ほど、酒を楽しんでいたが、興味を引く話は聞こえない。荒くれ物が多い、女性も多く居るが、下品な話でゲラゲラと笑っている。仲間内で、乳繰り合っている奴らまで居る。公共の場所ではご遠慮願いたいものだ。あまりお堅いのは、性に合わないことも確かだが、せめてもの慎ましさは、持ち合わせていただきたい。今日は、娼館にも行こうかと思っていたのに、やる気がそがれる。
別に、破廉恥なことがしたいわけじゃない。情報収集の一環だ。怪しまれてはいけないので、致す事は致すが、それはあくまでも危機回避的な行動であり、本来の目的ではない事を明言しておく。
とりあえず、今日のところは宿に帰ろう。
「勘定してくれないか」
マスターが、酒瓶をもってやって来る。
「これが、さっき言ってた酒だ。勘定は、20ガランだな。チョット負けておくよ」
「そりゃ悪いですね」
「なに、たった一日でD級に昇格した新鋭にご祝儀だよ」
やはり話が回ったか、しかし、早耳と言うことは分かった。遅かれ早かれ噂にはなるだろうし、仕方がないだろう。
「2日ですよ、昨日登録したんですから。あんまり目立ちたくはないんですがね」
マスターは、少し苦笑している。
「今日くらいの時間なら、相手が出来ると思うよ。もっと話すならチョット早めに来るといい」
「分かりました。ありがとう」
手を振って、店を出る。何処まで正確な話なのかは、検証しなくてはならないだろう。それでも、糸口が出来たことには変わりない。今日の所はこれで満足すべきだろう。
宿に帰り、買って来た酒を飲む。
仮に、今日聞いた話が、すべて真実だとした場合。国内にとどまり続けるのは危険だろう。他国の情報も、獲得しつつ国内の情報も得なければ。傭兵としての仕事は出来るかもしれないが、冒険者として生活できるなら、無理に手は出したくない。
自分に対する噂は気になるが、どうしようもない事だと諦めて寝る。
今日の、情緒不安定だった自分を殴り飛ばしたい。もう一度反省してから眠りに付く。