2杯の酒
「何だと、孺子」
「いらない。もう一度言うぞ、いらない」
老人は片眉を上げると、鼻を鳴らして聞いた。
「おめえは、此処へ武器を作りにきた」
「ああ」
「そして、俺はお前の意に足りうる武器をやると言っている」
「ああ」
「そして、それを……断る」
アルトに三度目の返事は無かった。静かに老人を見ているだけ、頷きも、首を横に振りもしなかった。
「それで、酒でも飲むってのか」
老人が嘆息を漏らしながら言うと、アルトの両手には酒瓶と杯が二つ現れる。
「俺はな、ご老人。先達の意見からは何かしら学びたいと思う。俺に戦いを教えてくれた人がこんな事を言っていた。人類は蓄積を覚えた事によって、ただその事だけで他の生命よりも上位にある、と」
アルトがその場に座り込み、老人もそれに続く。ささやかな宴席だが、その後を考えれば歴史的な盃事と言っても良い。
「ごもっともな意見だな、それがお前の師匠の教えか」
アルトが酒を満たした杯を、老人は受け取り口を付ける。
「他にも山のようにあるが、その中で、タダより高い物は無い、嘘をつくにも手順がいる、と言うのがある。陳腐な内容だが、的は得ていると思う」
「それで?」
「損も、得も、説明も何も受けない状況じゃあ選択の余地は無い、危うきには近寄らず、それだけだ。仮に、その説明が嘘であっても、その嘘から得られる情報と言う物がある。何にも無しで、ただ「やる」と言うのは困るだけだな」
杯を乾した老人は、アルトをギロリと睨むと、杯を突き出した。アルトはそれに酒を注いでいく。
「訳も何も、おめえが欲しがってるもんを、俺がやる。それじゃあ済まないのか。他に何の理屈が欲しいんだ」
「別に、損をするかもしれないことを問題にしているわけじゃない。損の内容さえ分かっていれば、逆に利点にも出来る。それだけの事だろ。俺も人のことは言えないが、体が器用になると、精神面が不器用だな。たまには、口で伝えないと伝わらない事もある。互いに不器用なんだ、こんな言い方しか出来ないさ」
アルトもつまらなそうに杯を乾すと、2人の間に酒瓶を置いた。この後は手酌で、と言う事だろう。
しばらくは、ちびちびと2人が無言で酒を飲んでゆく。
「美味い」
「ああ」
一言唸ると、それから酒を飲む音が止む。
そして、自らの短剣を、目の前にかざす。
「アルケオニム、この紅金には呪式との親和性がある。いや、呪式の枠を壊す」
そう言うと、老人は地面に円を書く。
「呪式円、全てに共通する部分、それは円だ。しかし、これは枠と言っても良い。言ってしまえば、枷だ」
「枷?」
「ああ、規模を押さえる、どこかに嵌め込む、小さく纏める。それは悪い事じゃねぇ、実際に、呪式円の形でなくては、殆どの奴は呪式を使えねぇ」
「つまり、その先がある」
「その通りだ」
そこまで言うと、酒を一息にのどへ送り込む。しかし、アルトは頭を伏せた。
「爺さん、それは確かに利点だ。しかし、何で俺にそれをくれる?その説明にはなっちゃいねえ」
そこから始まった静寂は長かった。時に老人からは殺気が発せられ、時にため息が漏れ、時折頭を激しく振った。
その目に、少しばかりの潤いが足された後、老人は小さく言った。
「俺とダチの半身だ。分かれさせたくねぇ、それと、お前さんは・・・」
再び静寂が訪れた時、アルトはその双刀を腰に差した。
「名は?」
「長刀・燎原、短剣・天吼」
「ありがたく、頂く」
アルトが去ったその場所には、老人と酒瓶、そして一対の杯が残された。
「そうだ、ダチ公。あの若造はお前に似ている」
ちょうど2杯分残された酒を、両の杯に満たし、老人はその片方だけを飲み干した。
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