腹中の石に灼熱の酒を
アルトは武器を得るために他所にあり、ミリアも国難を救うため国外へと旅立っている。
その国難はすでに国民遍く知るところとなり、日々自発的に兵員となるべく若者から初老の人間までが王都へとやって来る。その数は加速度的に増えていると言える。
その中で、体に自信のあるもの、と言うよりは、事務方に回された者以外は全て、アルトの残した地獄の特訓を受けている。大抵の場合は、志願した事を後悔し、中には神を怨む者もいるが逃げる体力すら残さないので、結果として脱走者は出ていない。
しかしながら、彼ら地獄の中にいる兵士にも例外がある。別にその例外にあたる兵員が楽をしているわけではない、別種の地獄にいるだけだ。
第4軍の騎士将に、ウォーリックと言う男がいる。固太りの体に、短い手足を持つ短躯にして筋肉の塊のような男だが、騎上における戦闘では、他の騎士将に追随を許さない。
この、ドワーフとの混血児とも呼ばれるウォーリックが、馬上においては長い槍を旋風のように振り回し、周囲を制圧する。そしてその馬術も、元から馬と繋がって生まれてきたかのような人騎一体と言う言葉の体現者でもある。
そのウォーリックの元で、騎乗経験者達は騎兵となるべく別種の特訓地獄の中にいた。
騎乗した面々が、槍と盾を手に突貫しては離脱、突貫しては離脱を繰り返している。騎上での訓練は、馬の体調も考慮し最大でも一日に2刻までとなっている。しかしながら、人間の体調にはなんら考慮せず、体力増強や戦闘技術訓練、全体運動や、陣形の組み換えまで、日に5刻以上の訓練も珍しくない。
「そんなへっぴり腰じゃあ、馬にも舐められるぞ。もっと、体で当たれ!」
百酔戦士と呼ばれたウォーリックの檄が飛ぶ。
これも、ドワーフに近しいのかもしれないが、彼は常に酒精の強い火酒を腰に提げている。本人は、着付けと消毒もかねていると嘯いているが、その殆どは彼の胃袋に消えていく。ドワーフと違うのは、彼が髭を生やしていないことだろうが、その所為で酒に酔った赤ら顔が良く分かる。
しかし、顔には出ても頭には回らないらしく、彼は酒を飲んでいる時のほうが頭の回転が速く、冷静にもなる。また、食事を取らなくても、酒で代用が出来るのか、酒さえ飲んでいれば問題なく活動する事が出来る。異常体質の男といえるだろう。
一軍の将となり、第4軍を任されてからは、常酔将軍と呼ばれているが、彼自身がこの異名を好んでいて、自らの号としている。字ではなく、号に用いるあたり、彼が単なる剛直な戦士ではない証明であるのかもしれない。実際の所、事務的な能力もかなり高く、特に馬車による物資運輸には定評がある。
部下は増えたし、給料も増えて上手い酒が飲める、なにより自身が最も好む騎兵の、しかもその総領に据えられて、彼は最近ご機嫌だった。部下に飛ばす激の中にも、笑みが混じろうというものだ。もっとも、アルトが基準を作っていった訓練は、ケツの毛まで毟られて鼻血も出ないと呼ばれるほど厳しいが。
さて、その彼が、楽しい馬との訓練を止め、兵士の訓練も副官であるクーンルールに任せ、丸い体を弾ませるように、会議室へと駆け込んできた。
「緊急会議とは何事だい?!」
そう問いかけたが、部屋にはまだ人が揃っていない。シュトラウスとゲルムハルト、そしてシュルツはすでに着席しているが、そのほかの面々が揃っていない。
「ひとまずは席についてくれ、今、国王陛下も来られる」
シュトラウスに言われ、酒瓶を片手に席に着く。彼は、特例として何処でも酒を飲んで良いと言う許可をフレッドから貰っていた。この一事だけでも、ウォーリックはフレッドのために死んでいいとすら思ったと後に語っている。
ちなみに、アルト以下数名も同様の許可を求めたが、それに関してはミリア・メイリン・プルミエールの女性軍によって不許可の沙汰が降りた。プルミエールは、単純に将官としての品位に欠けるとの意見だったが、残りの2人の意見は主に健康面での心配だ。
数瞬の後、各騎士将、リヒテンシュタイン宰相、宰相の下で筆頭書記になったクーデロイが入室してくる。
そして、最後にフレッドが上座に着く。ミリアとその護衛についているマルイレル、アルトとその友についているバイエルラインを除いた主要陣がそろう。
宮廷儀礼などは、もとより気にしない面々なので、即座に会議が始まる。その口火を切ったのは、リヒテンシュタイン宰相だ。本来であれば、書記役のクーデロイが話すべきなのかもしれないが、彼は文章面での才能に反して、話す事にはまったく向いていなかった。
「さて、本日の議題についてじゃが、我らと戦線の開かれようとしている最中ではあるが、ジギスムントにおける情報が幾つか覆された。まず、今回の問題の発端となっておったジギスムント国王、ヴァルトリートがすでに死去していた事がわかった。どうやら、こちらで問題になっておった時期にはすでに死去して居ったようじゃ」
この発言に、皆がざわめく。シュトラウス将軍とフレッドはすでに知っていたのだろう、眉一つ動かさない。クーデロイに関しては、どう思っているのか外見からは理解が出来ない。
「そして、改めて新王に即位したエルンガード王より、親書が来た。内容は、ミリア様を后に迎えたいとの事じゃな」
この言葉には、先に倍するざわめきが返った。フレッドは、拳を握り締め腕を震わせている。
少しばかり説明を要するだろう。
死去したジギスムント王、ヴァルトリートは享年43歳、まだ死ぬような歳ではなかった。結構で精力的な国王で、幾つかの問題点を除けばよい王であったと言えるだろう。
その問題点の一つは、正式な婚姻を結ばなかった事である。その理由は定かではないが、長年の独身生活への見切りをミリアとの婚姻でつけようとした。結果として、フレッドやアルトの働きでそれを起こさない様にしたのは、すでに述べた。と言った訳で、彼は死ぬまで独身を結果的に貫いた事になる。
しかし、多くの側室、と言うよりも妾と庶子がいた。ご落胤の多い方だったのだ。
これだけならばまだ良いのだが、恐らくはヴァルトリート王の単なる性格、嗜好として酷く英雄を好む癖がある。しかも、自身が英雄になるのではなく、英雄を育て上げる、英雄を作り出すことに多大な興味を持っていたようだ。
そして、その英雄候補として自らの子供達を選んだ。
彼のしたことを端的に説明するならば、後継者争いを激化させたと言うことだろう。わざわざ、強大な背景のある娘に手を付け、それぞれを煽る。こっちで入れ知恵し、あちらでは煽りたて、そちらでその気にさせる。結果、第何王子擁立派閥と言う物が乱立した。
その様な状態で、さらにはミリアを手に入れ、後々アイゼナッハ王国までも手中にしようとしていたのだから、肝が太いと言うべきなのか、楽観的な王族だったのか。
ともあれ、夢半ばにして彼は死んでしまい、多数乱立した王子は、それぞれが王権を手にしようと争っていたのだが、思わぬ物が国主たる栄光を手にした。
それが、21歳のエルンガード王子、いや、ジギスムント国王エルンガード・ウルト・ジギスムントである。
強力な背景を持たず、単なる歴史だけは長い騎士の娘の子で在った彼が、なぜか一息に王権を手にしてしまった。
そして、彼はその後、敵対すらしていなかった王子達を粛清し、そして、今新書を贈ってきた。
「新書には続きがあっての、むしろこちらが本命、わしらにとっての問題なのじゃが」
ここまで言った所で、フレッドが後に続いた。
「後継者争いをしていた者の中で、筆頭と思われていた、ヴァーゼルと言う者が、国内に潜伏しているかもしれないので、引き渡し願いたいそうだ」
クーデロイが、調べていた文章をリヒテンシュタインに渡す。その内容は多岐に渡るので、ここではまとめて紹介しよう。
ヴァーゼル・ジェン・ジギスムント
28歳、母にジギスムント内における最大貴族派閥・真古派の首魁、ロートマン・クップ・ドーンの妹を持つ。当然、ドーン家を背景に後継者争いでも、首座の位置を占めていたが、急転直下敗北する。
なお、ドーン家はリューベック家と他国ながら少なからず姻戚関係にあり、潜伏している場合、リューベック家にかくまわれている可能性が高い。
さらに、ドーン家のその莫大な資金力と私兵も姿を消しており、リューベック家、もしくはその縁のある地域に同じく潜伏している可能性がある。
「つまり、国内に、亡命政権になれる大義名分と兵力資金力が隠れている可能性がある。と言おうか、隠れておるじゃろうの」
何時もは笑みを絶やさない老宰相も、国民からの人気も高い美青年国王も、美壮年と言って良い大将軍も、今回ばかりは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
ウォーリックの口に運ぶ酒も、どこか苦く感じられて、それ以上飲む気をなくしてしまった。
「貴族・・・か」
ジョレラのもらした呟きは、その場にいる全員に一つの思いを抱かせた。
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