踊る双刀
体調良くなりましたので復活です。
アルトと老人が最初に出会った場所、霧のように立った岩と紅い滝。その前に老人は立っていた、何かに悩むように、快活であろう老人の全身からは、鉛のように思い心情が液体として流れ出ているように見受けられた。
「このまま、朽ちるのは嫌だよなぁ。なぁ」
老人の独白は、何処に向かっているのか。目の前には、ゆるゆると流れ落ちる紅い水があるのみだ。
老人の手の中にあるのは一振りの短剣。先ごろアルトとの戦いで用いた物とは違う、むき出しの刃に白い布の巻かれた、地味な短剣。しかし、その刃は、燃えるような紅色をしている。
「そうさ、朽ちたくはねえよな」
老人の心に浮かぶのは、すでに長前の世代。長命を誇る老人が、いまだ1人の子供だった時代。いや、独では…ない。
老人、いや、彼の住んでいた町には有名な悪童が2人居た。1人は彼で、もう1人はその隣の家に住む同年の少年。
2人は同年代は勿論年下、年上構わず従えていた。近辺のガキ大将として君臨し、子分を従えて街の各所へと遠征を仕掛けた、彼らは連戦連勝で、常に勝利の歓声を上げてうちへと帰りついた。
彼らは日替わりでその主導を代え、それでもお互いが一個の生物のように、しかしまったく違う個性で成り立っていた。大人たちは彼らを悪童として恐れたが、子供にとっては英雄だった。
けんかが何よりも好きで、他の町のガキ大将を攻めぬ時にはお互い殴りあった。血を流し、泥だらけになりながら、お互いに本気で殴り合い、常に引き分けた。
そんな事で友情に傷が付かない事は知っていたし、お互いに勝利を得ようと希望しながら、その勝利を恐れても居た。
心からの悪友で戦友でそして最大の対抗者だった。
彼らの人生は、常に戦いと栄誉と繁栄と、そして豪奢と言う言葉に彩られていた。
少なくとも、人が見ればそう言うだろう。
彼らは中原の英雄へと上り詰めた。
しかし、その内情は如何だったのだろう。
それを知る術も、語りうる口もない。
ただ、事実はその片割れの生を終焉に導き、今1人は老人になって滝を見つめている。
老人の顔には決意の色。同時にあふれる、悲しみと少しの怒り。
「形見に…なんて、おれたちにゃあ、似合わねえとは思っていたんだ。思ってはいたんだが、後生だな」
老人の視線は持っている短剣へと降りる。
「こいつも、あれだな。なんて言って良いのかわかんねえんだがよ。
俺たち2人のもんだ。だから、離したくはねぇ。一緒に預けちまおうと思ってる。
何で、あいつだと思ったのか、それは良くわかんねぇ。
ただ、あんな悲しい目をした奴には何かをしてみてえ、そう思った。
それに、あいつは面白そうな奴だからな、好きだろ、お前なら特に」
流れる紅水に手を差し入れると、魔法の様に、しかしそれが当然であるかの様に、彼の手の中に剣が現れた。
すでに手の中にあった短剣と同色の、燃えるような紅色。しかし、黒い刃文を持ったその剣は、紅蓮の焔のように色鮮やかに目に突き刺さる。
軽い反りを持った、片刃の剣。浮かぶ刃文の黒さ、地金の紅々とした色を除けば、大降りの打刀と言っていい物だ。
反して、すでに老人が持っていた短剣は、両刃の剣。そりは無い直剣で、幅広く、重さもあり、貫き穿つことに重視したものと思われる。紅い刃の中には蒼く光る筋が見え隠れし、動く度に全体がざわめくように見える。
「燎原に天吼よぉ。やっぱりお前たちを朽ちさせるのは悲しすぎる。若造だが、あの孺子の腰に座ってくれるか?悪くは、ああ、悪くはねぇぜ」
右手が静かに空を走る。左手が疾風の壁を越え、空気を裂く。
両手が粛々と、轟々と、時に跳ね、流れ、軽やかに、重厚に翻る。
舞う老人の姿には、往年の若い自身と友の姿を重ねる事はできないのかもしれない。
しかし、彼の目に写る世界は、今も昔も友と見た世界で、それは変わらない。
だからこそ、彼の傍に友がいないことが、共に剣を振るわない事が、事実の重さを彼に背負わせる。
舞う事を止め、静かに立つ老人の背後に地面に座るアルトが居た。声を掛ける事もせず、ただ静かに老人を見つめている。
「如何した。孺子、行儀がいいじゃねえか」
「邪魔をしたな。いい物を見させてもらった。礼を言わなくてはならないな」
「けちくさい事をぬかす。そんな殊勝な玉じゃあねえだろうに」
座ったまま頭を下げるアルトに、老人は歯をむいて笑った。
アルトからしてみれば、どこかに消えた老人の気配が、一気に異様なほど大きく膨れ上がったので、何かあったのかと駆けつけてきた。そこで、武の先人の珠玉の動きを見る事ができたのだから、礼の一つでもしようという気持ちになったのだが、老人からすれば見せようとして見せたものだ。逆に、先ほどの感傷と感情からして気恥ずかしくなったのだろう。
ちなみに、若者二人の戦いは、両者が互いに相手の顎を打ち抜き、共倒れになっている。互いを認めると言った形ではなく、悪態を付きながら崩れ落ちたのだ。アルトも、面倒なのでそのまま寝かせている。
「付いてきな」
老人が顎をしゃくって、付いてくるように促す。
アルトも、何も言わずに後を付いていく。
基本的に、老人に対しては一定量の敬意を持っているアルトだが、言動からはそれが伝わりにくい。
しかし、促されるままに無言で付いていく姿は、後を追う犬のようで、どこか可愛らしい。アルト自身は否定するだろうし、そう思うような人間も、この老人や王都にいる老宰相など極一部だろうが。
しばし歩いて、小さな小屋の中に老人が入る。アルトは、小屋の前で待っていたが、老人は直ぐに小屋から出てきた。先ほどは持っていなかった、剣の鞘と飾りをその手に持っている。
無言のまま、剣を鞘に収め、鍔や飾り紐などを組み立てていく。そして、出来上がったそれを、2本まとめてアルトへ無造作に突き出した。
「やる」
「いらない」
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