見知らぬ仮面
ミリア達が招きいれられた部屋には、誰もいなかった。
穏やかにまとめられた調度品は、どれもかなりの一品であるとは直ぐに知れたが、特に重厚感のある椅子には誰も座っていない。
ミリアが長いすに座って待ち、他の2人は立ったままその場で待っていた所、扉が開き人が入ってきた。
入ってきた女性は、ミリアが目を向いて驚くほど派手な装いをしており、板を入れたように大きく上に広げた髪と、そこに飾られたいくつもの宝石や貴金属がシャラシャラと光を反射している。衣裳も大量のフリルと、爆発したような色彩とで、どちらかと言えば地味な装いを好むミリアとすれば、理解も共感もできない絢爛さと言える。
しかし彼女は一言も発せず、彼女についてきた女官が茶と茶菓を出すと、そのまま出て行った。
「ミンケドリアの一部ではああ言った装いもあるとは聞いていましたが」
「すごかったですね」
素直に驚くミリアとノンリエッタだったが、マルイレルだけは少し違う事を感じた。これが、機を挫く外交上の手腕、もしくは何らかの意図あっての事だとしたら、レネンカンプを用いるのは難しいのではないかと言う事を。
その時、静かに一人の男が入ってきた。
歴戦の優勝という過去を知るものにとっては、想像と異なる小さな男で、年の頃は60ほどと聞いていたが、それよりも老けて見える。しかし、がっしりした体とこめかみから額にかけて走る古傷が、かつて戦場に駆けた姿を想起させる。
「始めまして。ステッセル・レネンカンプと申します」
ゆったりと礼をするレネンカンプに、そこは流石に王侯としての教育を受けてきたミリアも静かに礼を送る。教会の人間は、原則神以外の何者にも屈しない態度をとるので、先に礼をしたのはレネンカンプの度量、もしくはそう見せかける演技のためだろう。
「お会いできて光栄に思います。ミリアリア・エル・アイゼナッハです」
ミリアの感じた物は、マルイレル、ノンリエッタ両名も当然感じた物であったが、とてつもない重厚さだった。威圧と言い換えてもいい、レネンカンプの前に出てきた人間は、よほど覚悟を持つか、先天的に不感症でなければ、飲まれてしまうことになるだろう。
一応の理由は、顔合わせでしかなく、その日は挨拶のみに留め、教会に対する幾分かの寄付のみを収め、場を退いたミリアたちだったが、漠然とした不安が広がった。
確かに、他国家の影響を受けていない権力指導者ではあるが、彼を信用するのはどうだろうかと言う不安だ。かつての逸話などから、彼を有用たると見て接触を図ったが、策の転換も必要になるかもしれない。
「不思議な印象と言うのでしょうかね?」
ミリアは、マルイレルに対してそう言って微笑んだが、むしろミリアやフレッドのほうが異端的な王族なのだろう。彼らの印象は、重厚さや厳格さからは遠い。むしろ愛嬌と庇護欲をそそられる存在だ。
無論ミリアやフレッドは知らないが、以前アルトがバイエルラインに対して訊いた事がある。
「なぜ、フレッド達を助けようと思った?」と。
それに対して、バイエルラインは「分かりません」と答えた。そして、逆にアルトに尋ねた「師匠は何で今こうして助けているんですか?メイリンに頼まれて、アリシアさんに頼まれて。それだけですか?」そう言って、尋ねた。
「なんとはなく。なんとはなくかな」そう言って、2人で笑い会ったことがある。付き合っている時間こそ短いが、アルトもフレッドのために労を厭わない気持ちになっている。しかし、その理由はと言えば、特に挙げることがない。
意味も無く人から好かれる、もしくは第一印象がすこぶる良いと言うのがフレッドの一番の良い特徴なのかもしれない。流石にアルトとの初対面の時には、状況から生まれた焦りや悩みが印象を悪くしていたが、一旦中懐に入ってしまえばその良点が生きる。
リヒテンシュタインであれ、シュトラウスであれ、強い見方を得ることができたのは、この持ち前の愛嬌が大きい。特に、リヒテンシュタインが最初期から手助けをしているのは、その人格を愛していると言う事が主な理由と言えるだろう。
ミリアにしても、妹の目から見ても可愛い人だと思っている。もっとも、それが他の女性から如何見られるのか、そして結婚などした結果はどうなのかと言う所には疑念を持ってはいるが。少なくとも、女性からの人気を得ない人間ではないと確信はしている。
現に、最近若い女性の騎士の中で、ファンクラブ・親衛隊とでも言うべき、フレッド講とでも言うべき物ができている。
フレッドが学院に在籍していた頃の同窓生を中心に、現在全女性仕官の3分の1がその会員になっている。厳しい訓練の清涼剤、もしくはその原動力として非常な人気をはくしている。
それに反するように、もしくは多くの王侯貴族が持つように重厚さと威厳を強く纏ったレネンカンプにミリアは少なくない不安を覚えている。
しかし、もしもここにリヒテンシュタインなりシュトラウスなりが居れば、その重厚さに隠された彼の本質をうっすらとではあるが見抜けたかもしれない。残念な事に、有能な戦士であるマルイレルですらそれを感じる事は出来ず、3人とも漠然とした不安を覚えただけだった。
レネンカンプの本質は、演者であり陶酔者であった。
自分が作った役を演じ、それを自分も気がつかないままで、もしくはそれすらも役の中に練り込み、完全な演技をする。
今回の場合、一般的な対王侯貴族用の仮面を被っていたのであり、その仮面さえ突き抜けてしまえば、好々爺たる人格が見えたはずだが、そこまで気がつかず、少しばかりの不安定さを過剰に受け止め、彼女たちは自分で不安を増大させていた。
「心配、ですわね」
「一旦、国許に帰って相談したほうが良いでしょうか?」
結果として、彼女達の行動は、余計な停滞を起こす事になる。
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