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ドリフト―TrifT―  作者: kishegh
第2章
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梳る時

バイエルラインとケントワルドの戦いは、翌日の朝と決まった。


爺はベルゲインに何か話があるようで、2人連れ立ってどこかへ消えている。マリッカは、料理を一通り作るとこれまた村内の知人の家に行ったようで、今はいない。バイエルラインは、家の裏でアルトの教えたとおりに型を行い、明日の準備に余念が無い。


では、アルトは如何だろうか?


彼は、1人作業場近くの板間に寝そべっている。時々思い出したように、手帳を広げ、そこに何かを書き込んでは、再び目を閉じて微動だにしない。


アルトは、悩まされていた。


彼の軍内における立場と言うのは、実戦指揮官や教導官の立場を軽んずるわけではないが、参謀と言うのが一番大きい。いや、軍の概念自体を改革している彼は、総参謀長、もしくはもっと上の立場だ。


これが彼を悩ませている。


アルトは、常に前線に立ってきた。一時的に小部隊の指揮をとった事もあるが、その戦場における生活の殆どを、一介の兵士として生きてきた。


ゲリラの討伐作戦中に、居住区に火を放ち、非戦闘員もろとも女子供含めて殺した事もある。


狙撃手として、相手を殺さぬように腕や脚に玉を撃ち込みつつ、それを救助しようとする敵兵士を、友釣りにして全滅させた事もある。


爆破を実施し、敵の兵舎や司令部をまとめて灰燼に変えたこともある。


殺した数など、覚えているはずも無い。


地球でも殺した、この世界に来てからも殺している。


しかし、それはあくまでも、アルト個人の技量や才幹、そしてその意思に従った結果だ。


共に戦場にある者を殺す事に躊躇いはない。かつてあると自身が幼子だった時のように、年齢に関係なく、性別に関係なく、殺さなくてはならないものは殺す。


そこに疑問を感じた事はない。いや、感じないように、自身を訓練してきた。


自身が思うように人を殺せるように。


自分の意思が、確実に命を奪うように。


そうあるべしと、自らを構築して来た。


しかし、参謀となり、軍を指揮するとなると話は違う。命令によって、数千数万の兵同士を戦いあわせて、殺す。


見方も敵も、殺す。


アルトは、自身が殺人者である事を否定はしない。殺戮者であることも否定をしない。しかし、彼は恐怖していた。かつて、自分が最も嫌ってきた、指導者、指揮者となる事を恐怖していた。


後方に、もしくは遠路にあって戦いをする者を嫌悪してきた。


人に死を強いて、自身は安全の中に暮らす者を嫌悪してきた。


戦場に死があふれている事を知りながら、それを煽り、時にはそれで利益を得る者を嫌悪してきた。


しかし、彼自身も傭兵として、戦場で糧を得ていた人間だったから、そこには別種の思いもある。アルトは自身を嫌悪してきた。それには、疑問の余地も無い。


だが、だからこそ、アルトは殺傷を自分の手で直接行う事を選んできた。


しかし、今は立場として兵に命令しなくてはならない。


「戦え」


「殺せ」


「そして、死ね」


極論すれば、アルトの立場はその作戦の根本を構築することだ。その計画に基づいて、殺し、殺され、戦わされるのは、元は普通の民衆である兵士達。


兵士の精神と参謀の精神は、まったく別の次元にあるものだ。兵士は、むしろ精神を鈍化させる事によって、殺人の連鎖を実行に移す。しかし、参謀は想像力を豊かにし、精神を鋭敏化させていろいろな事に思い至らなくてはならない。


それはアルトにとっては初めての経験で、初めての感情で、初めての悩みだった。


ドワーフの里への道中、バイエルラインと共に一睡もせず修行を続けたのは、バイエルラインを特訓するのが第一の目的であったのは間違いない。しかし、動き続ける事によって襲い来る悩みから逃げようとしていたと言う事も、無いわけではない。


もう一つ、理由がある。


アルトは、王城に詰め出してから、様々な文章を読んでいる。シュトラウス将軍のかつての報告書なども読んではいたが、前大戦の軍報告書などにも眼を通したし、シュトラウス将軍揮下の面々にも様々な質問をしている。


その結果、敵兵力が同数なら圧倒的に、3倍までならば互角に戦い。必ず勝てると確信を得る事ができた。公言もしていない、彼の中だけでのことではあるが、十分にそれを認めていた。決して、油断でも、自信過剰から来る妄想でもない。


敵の兵種の少なさと、作戦運用の幅の狭さ。一般的な兵の命令系統の貧弱さと、実戦指揮官の程度。何よりも、過去数十年に亘って行われてきた戦闘の実際が、アルトの中にある記憶としても、地球においては中世の物よりは古代に近い。


対穢れ物用の戦法として、個人技が重要視されるのは分かる。しかし、その武装種類の充実に反して、一般兵の武装とされている物は、中柄の槍が殆どで、超長槍やパイクなどと言った物はない。冒険者や、武人の感覚と、戦場における意識が隔絶していると言っても良い。


これは大きな謎として、アルトはそれを知ったとき、しばし呆然とした。


この世界が遅れているのか、地球の戦場が飛躍的に進んでいたのか、それはわからない。しかし、社会制度は、完全に中世ヨーロッパに匹敵し、むしろそれを超えている分野もあるほどなのに、戦争と言う物に関しては、稚拙と言っても良い現状はどうして出来上がったのだろう。


兵種は大きく分けて2種類しかいない。歩兵と騎兵の二つだが、それは大きな問題ではない。問題は、歩兵においては、一般兵である槍兵と弓兵しかいないと言う事、騎兵においても馬上指揮官と呪式兵しかいないこと。そして、それらが渾然として突撃し、それぞれの利点を得られない事にある。


特に弓兵にその弊害が大きく、元々少数しかいない弓兵を突撃に際して、援護に使わず、時には帯剣させて、他の歩兵と共に突撃させている。


そもそも、弓兵と言う物が城壁守備に特化した形でしか使われていない。攻撃の兵種ではなく、防御の兵種だと一般的に思われ、実際にその様に使用されている。


騎兵は、歩兵と同時に使用されるため、機動力を生かせず、結局は馬上にある指揮官でしかない。


呪式騎兵は、この中にあっては花形と言って良いはずの兵種だが、それも結局は乱戦になってしまえば効果は薄い。


まったくもって、戦術とか、兵法とか言ったものが発達していないのである。また、それらを軽視し、むしろ蔑視する流れがある。シュトラウス将軍は、かつて陣形の重要性を説いたが、他の貴族指揮官達から、弱者の思想、貴族の誇りを知らぬ恥さらしと罵られ、実行には至らなかった。


これは余談になるかもしれないが、シュトラウス将軍自身は、戦争を忌避しているし、出来ることなら一生関わりたくはないと思っている。しかしながら、アルトが持ち込んだ、戦術談義と言うものには心躍らされ、それを楽しむ気持ちがあったのも事実だ。それは、今まで彼とその一党だけが持っていたもので、遙かに精練されたアルトの語る戦術は、彼を興奮させた。


つまりアルトは、軍事の一大改革者と言うよりは、階層の違う物を一気に持ち込んだ創設者とも言える。


だからこそ、自身の知っている地球の歴史を顧みて、今後、この牧歌的な世界が血みどろの戦史を紡いでいく出発点を作ることを恐れた。


指揮官として恐れ。


参謀として恐れ。


戦史の流れを変えることを恐れた。


アルトの精神は、かつて無い環境に、やすりで静かに削られるような痛みを覚えていた。



読んでいただいてありがとうございます。


御意見御感想等お待ちしています。


・・・また、ちょっと暗くなっちゃた。良いのやら悪いのやら。

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