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ドリフト―TrifT―  作者: kishegh
第2章
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主戦場

さて、旅先でアルト達が武侠小説の主役のような派手な立ち回りを演じている頃、城内軍内を考えて、最も忙しかったのは兵站管理の総責任者、マリーン・オブライエンと、宰相、バルヴェルホーン・リヒテンシュタインだった。


老宰相の忙しさは、その年の人間であれば、普通衰弱して干物のようになりそうな程であったし、隠れた天才マリーンにしても、流石に弱音を上げるほど酷かった。


さて、少しばかり話はそれるかもしれないが説明をしよう。兵站と言う物は、要するに補給であり、移動を含めた人員の管理、衛生、設備や装備の維持管理も含めた総合的な戦時後方管理でもある。近代戦においては非常に多岐に亘り、正しく戦争の主役は兵站と言っても良いほどだが、中世規模の戦場においては、兵站とは物員補給の側面が強い。


中世の戦争に等しいこの世界の戦争では、軍力という物は人員数、つまりは兵力と食料の量にほぼ比例する。兵数が少なければ敗北は必至であり、すきっ腹の軍隊などは悪夢以外の何ものでもない。


青銅器と鉄器の差があるような時代ならともかく、各国装備においてはほとんど差がない。


つまり単純な兵力と食料が大きな勝敗要因になるのだ。


無論のこと、食糧を備蓄し、兵員を募集して数をそろえなくてはならない。同時に、それらをいかに戦場に送るかが大事になってくる。


人員輸送、そして食糧輸送をするためには大量の馬車、飼葉、そして飼育員や御者などの専門家が必要不可欠になる。


元来、馬という物は極端にデリケートな生き物で、酷く弱い。肉体的な損傷を起こしやすく、大量の食料は必要で、牛などのほかの草食動物に比べて胃腸が弱い。つまり、管理と運用に多大な労力を必要とする。


その馬と馬車の関係者を集めるだけでも大変な事だったが、食料の問題はさらに大きかった。


アルトからの進言で、過去殆どの国が使っていた、小麦粉をそのまま練って、言わば蕎麦掻のような状態にしたものを用意するのは止め、(ほしいい)を用意する事になった。


アルトの感覚では米であったが、これを小麦で代用し、スープである程度火を通し味をつけた小麦を、天日で乾燥、軽量化した物を軍食に採用した。


実際の使用では、そのままゆでると短時間で味のついた粥の様な状態になる。これは、消化吸収がよく腹も膨れると言う事で、満場の賛成を受けて決定した。


しかし、初めて作るものであり、その生産は思うように伸びなかった。マリーンは、軍だけでは足らず一般の商家へも、この糒の製作を委託した。


ちなみに、この時点では兵員の募集は大々的には行っていない。ただし、各都市で自警団の増員を募集している。各騎士団の下部組織としての募集ではあるが、戦時には即座に軍に吸収される予定になっている。


なぜこんな面倒な事をやっているかと言うと、騎士道精神の煩い国家間外交において、宣戦布告を前に一方的に兵員を増量するのは後で追及を受ける場合があることが一つ。いま一つは、かつて結んだ休戦条約の中で、騎士以外の兵員増強を禁止しする条項があったからだ。


現在、常時は200人ほどの自警団員は、全都市で1,300人ほどにまでなっている。厳密に言えば、これも条約には抵触ギリギリの所ではあるが、背に腹は変えられないということで行っている。


直前に動員されただけの兵と、少しでも訓練を受けている兵士では天と地ほども差があるからだ。自発的に兵となった彼らは、来る戦時には主力となる事を期待されている。


忙しくしているマリーンの状況は、このようになっているが。国家全体のことで忙しいリヒテンシュタインの元には、少しばかり変わった客が現れていた。


オーザムでアルトに拾われたあの青年だ。


「ふむ、それで紹介を貰ったと言う事かね」


宰相の言葉に男は頷く。どうにも反応が薄い青年で、リヒテンシュタインも少しばかり対応を考えていた。しかしながら、この人の良い老人は、かえってそれを楽しむように手ずからお茶を淹れていた。


「さて、砂糖は入れるかね?蜜もあるが」


青年は軽く首を横に振ると、両手でカップを持ってゆっくりとそれを飲んだ。


リヒテンシュタインは、基本的に自分の事は自分でやってしまおうと言う考えを持っている。料理もするし、洗濯や掃除なども好んでする、庭の手入れなどにも楽しみを覚えている。


彼は、研究者であることを自認し、むしろそうなろうとしてきた人ではあるが、かつての職等からもわかるように、むしろ教育者の側面が強く、また、それに適している。研究者として、没頭の末に寝食を忘れると言う事もないではないが、それよりも生徒と語らったり、教育をしている時期のほうが長い。


言ってしまえば、マメで人の世話を焼きたがるおせっかいな面が大きいと言う事だろう。そして、それを実行に移せる能力を生活面においても持っている。


本来であれば、小国とは言え一国の宰相が自ら客人に茶を淹れるなどありうることではないし、立場上はそれをしないべきだろう。


さて、その非常に稀なお茶を飲んでいる青年に話を戻そう。彼はかつて貴族から見放された事はすでに述べたが、彼自身はそれに対しても頓着していない。というよりも、人間と言う者に対する見方がやや変わっていて、突き放していると言うか、一個の現象としてみている。リヒテンシュタインよりも、よほど研究者であると言えるかもしれないが、この場合も、彼は大して気にも留めずにお茶を飲み干した。


単純にのどが渇いていたからだ。宰相が淹れたとか、目上の者がまだ飲んでいないとか、そういったことを彼は考えない。貴族から見捨てられた事の一因には、彼がそう言った、貴族からすれば無礼とも取れる態度をとったことも関係しているのだろう。


「さて、君は非常に面白い物を書いているそうだが、それを見させていただけるかな?」


青年が差し出した紙の束に軽く眼を通し、リヒテンシュタインは瞠目した。非常に簡潔に、そして読みやすくまとめられた文章の数々は、そのまま教科書に使いたいほどに纏め上げられている。


これほどの人間がやに埋もれていたのかと驚く反面。良くぞ見つけてくれたと、アルトに感謝の念を覚えた。


「さて、君をわしの秘書官として雇いたいと思うのだが」


まさに大抜擢と言うもので、一挙栄達と言うものであろうが、青年は語尾についた「が」に疑問を持った。


軽く首を傾げると、やっと自分の考えと言うか感情らしきものを口にした。


リヒテンシュタインから幾つかの質問を受けている間を含めて、無口と言うわけではないが、希望や感想といったものを、青年は一切発言してこなかった。


首を傾げる姿に、若さ相応の可愛げを発見したリヒテンシュタインは、楽しそうに尋ねた。


「君の名前をまだ聞いておらんよ」


クーデロイと言うその青年は、まだ名乗ってすらいなかった。



文体などが少々変わった感じがします。

あと、会話が異様に少ないでね。まぁ、こういった形のほうが書き易いんですが。


読んでいただきありがとうございます。

御意見御感想等、常にお待ちしております。誤字や脱字なども指摘していただければ幸いです。

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