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ドリフト―TrifT―  作者: kishegh
第2章
64/85

央(ナカバ)


両肩はだらりと下がり、腕は重力に惹かれ下へと垂れる。


腰に乗る重力は、より深くたわめられた背骨に溜まり、背骨は更に強くS字に曲がる。


体中から力が抜け、脱力と揺らぎ、そして大きな余裕を作り出す。


「隙だらけ。隙だらけだぞ、孺子(こぞう)


「ああ、だろうな」


ゆらりゆらりと揺れ始めたアルトへ、老人から声が飛ぶ。


「未完成の不完全、そんなことは分かっている。だからこそ試してやる」


「命がけの実験かよ。けっ!肝の太い野郎だ」


「悪いか」


声からも力が抜けたアルトの言葉に、老人は眉を上げて獰猛な笑みを浮かべる。


「悪かねぇ、ああ、悪かねぇさ。それにな」


「何だ」


「そう言うのは、好みだ。個人的にな」


「そうか、俺は嫌いだ」


刀を握る手が、更に大きく回り始める。ゆったりと、ゆっくりと円の動きを大きくしていく。


「っち。いけすかねえ孺子だ」


老人は深く構えると、背中からもう1本短剣を出し、再び両手に構えた。


「今、お前さんをやっちまう事は可能かも知れねぇ。だが、それは粋じゃねえ。まったく持って無粋って奴だ。それじゃあ、面白みがねぇ」


緊迫した様な、どこか箍が外れた様な、相反する空気の満ちる中、バイエルラインは目を見開いて見つめている。瞬きも許さないほど、その両眼は戦いを見る事に全ての力を注いでいる。


そして思う。


老人は、今のアルトに攻撃を仕掛けることが出来ると言った。今のアルトを殺める事が出来ると言った。しかし、それは彼らには想像もつかない事だ、老人の脇に立っていた青年とバイエルラインの2人には、それは不可能だと己の声が内から叫んでいた。


常に揺れる視点と体、全ての、周囲の空間すら揺らめかせる様なアルトの動きは、距離感は勿論、方向感覚も、そして攻撃の意志すらも惑わせる。幻惑、それがアルトを守っている。隙などは微塵も見えない、そんな物が在る等とは理解できない、そう2人は叫びたかった。


その動きは蜃気楼。在ると思えば無く、無いかと思えば存在する。遠近の揺らぎ、それを発生させる身体の揺れ。



アルトの足元から発生した揺れが、大きな揺らぎとなって胴体を通り、刀を持つ腕へと伸びる。波が寄せて返す度に大きさを増すように、少し、また少しと力は腕へと蓄積されていく。大きな力が体を流れ巡る。


「行くぞ、爺」


「来い!孺子」


アルトが足を一歩踏み出した瞬間。


腕が伸び、鞭の様に空間を侵食した。


老人の周囲の空間そのものを飲み込む様に、百鞭が刀と言う刃と腕と言う重さを持って空間を食い荒らす。


波打つ腕が、刃という破壊力を伴って老人に襲い掛かる。


その時、老人の両腕が、甲高い音を立てて霞む。


蜂の羽音にも似た振動音と、金属同士のぶつかり合う音が響く。


一瞬の攻防が終わると、アルトは手から刀を離して腕を押さえ、老人は体中に傷を作り、深く息を吐く。


超人や達人と言われる者だけが生息する世界の出来事は終わり、そこには、満身創痍の老人と、同じく痛む体を抑える青年だけが残された。



「師匠!」


バイエルラインが駆寄り、倒れかけるアルトに肩を貸す。老人にも脇にいた青年が駆寄り怪我の様子を見る。お互いに、死ぬ心配は無いだろうが、決して軽症と言える状態ではない様だ。


「こりゃあ、俺の負けだなぁ、なぁ、孺子」


老人が手に持つ剣に目を落とすと、両手の剣は乾いた音を立てて砕け散った。


「爺が、適当に花でも持たせる気か」


「馬鹿孺子が、武器を2度も壊された。これで負けを認めねえのは、俺の矜持が許さねぇ」


「俺だって武器を壊している。分けにしておいてやるよ。糞頑固爺」


そう言うと、アルトは身を翻して里へと帰り始めた。バイエルラインが再び肩を貸そうとするが、アルトは断って歩く。


マリッカとベルゲインも後を追い、その場には老人と青年だけが残された。



「っけ!花を持たせたのはどっちだ孺子」


老人は、吐き捨てると同時にその場に崩れ落ちる。とっさに青年が抱き起こすが、荒い息を吐き、体は痙攣を起こしたのか震えている。


いまだ手に握られていた剣の柄を落とすと、震える手を見てため息をつく。


「あの時間で、もう音を上げやがる。老いかよ…やっと理を成したかと思えば、その時には、体が付いて来ねぇ」


「ですが!ですが何時もでしたら、2刻でも3刻でもあしらっているではありませんか。何故、これほどまでに」


自分を、何時までも化け物じみた体力と剣技で押さえ込む老人が、これほどまでの衰弱を見せた事に青年は驚愕する。それを成したのが、自分とさほど歳も変わらぬ青年だと言うのが信じられなかった。


「それよ。その事よ。あの孺子、あの歳でどうやってあそこまで練り上げた。体を作り上げる前に技を練り上げる、一体どんな絡繰だ」


未だ震えの収まらぬ、老人の両眼が笑みに引き絞られる。獲物を見つけた猛獣、生け贄を抉る瞬間の猛禽、その笑みから連想されるのは、正しくそれだ。


「おもしれぇ、おもしれえぞ孺子。手前にゃあ、もう一度相手をしてもらう。こんなにおもしれぇのは久しぶりだぜ」


咳き込みながらも高笑いを上げる老人に、青年は恐怖すら覚える。同時に、そこまでこの老人の心を動かしたアルトに畏れと憧れ、そして嫉妬を抱いた。


「よぉ、ケントワルド。お前もその歳にしては中々だ、しかしな、あれに会っちゃあ歯も立たんな」


からかうような老人に、青年、ケントワルドは一瞬顔を顰めたが、背中に負った巨大な剣に目をやって答えた。


「徒歩ならば、確かにそうでしょう。しかし、騎馬の戦においてなら」


震えながらもケントワルドは応える。それが痩せ我慢なのか、もしくは本心なのか。しかし、言うなれば彼の矜持は、彼の誇りはそこに在るのだろう。


「ふんっ。最近の若い奴も血の気が多いぜ」


老人は楽しそうに笑う。


高らかに笑う。



読んでいただきありがとうございます。

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