双剣の
「殺される…か。殺される。それは穏やかな話じゃないな」
「諦める事を勧めよう。武器を、まぁ剣等を作るならば、最低でも100パトは要る。しかし、今、村に残っている量をかき集めたとしても、到底必要量には足りん。大人しく諦める方が無難だな」
「強いのか」
アルトの目が細められる。決して笑みではない、興奮でもない、事実を確かめ噛み締める、そんな目だ。同時に、何かしら思うところもあったのだろうか、顔を隠すように手で覆い、天井へ顔を向ける。
「いや、強いのは間違い無い訳だ」
「そうだな、有り体に言って化け物だ」
「ここに宿はあるのか?休息を取りたい」
アルトはマリッカに尋ねたが、バイエルラインはそれを不思議に思った。
「師匠、直ぐには行かないんですか?」
「ああ、ここに居ても感じる事が出来ない相手、それに、違和感もある。少しでも危険は避けたい」
「そうですか、感じる事ができないと言うのは…」
「恐らく2人いる。1人はここからでも十分把握している。しかし、横にいるはずの存在がぽっかりと消えている様に、な。何も感じないのではない、いつぞやの奴の様に気配が無いわけではない。気配が歪められ、感知できなくなっている。正直、少し怖いな」
「師匠が……怖い」
震えるバイエルラインにアルトは笑って答える。
「恐怖を忘れたら強くはなれんさ。それに、俺はお前との訓練でも、仮に弱い相手と戦うときであっても、常に恐怖は感じる。問題はそれに囚われるかどうか、多分それだけなんだろうな。それに」
「それに?」
「良い訓練だ」
ベルゲインは、アルトの様子を見ると、ため息を吐きながら言った。
「そこまで分かるのならば、なぜ死に急ぐ。今日は家に泊まってもかまわん。出来れば諦めてくれ」
「世話にはなる。だが、諦めるかどうかはこちらの問題だ」
「そうだな、俺たちも困っている。倒してくれるのならばそれに越したことはない」
そう言うベルゲインの顔は、重苦しく沈んでいる。それは、アルトが死に行くと思っているのか、それとも他に何か思いがあるのか、それは分からない。
ともあれ、アルトとバイエルラインはベルゲインの家に泊まる事になる。マリッカは友人の家に泊まるとの事で、翌朝合流する事にして、今日の所は分かれた。
「天気が悪いですね」
バイエルラインが空を見上げて言う。雨が降っている訳ではないが、重く立ち込めた雲は湿気をはらみ、頭上を覆っている。
「ああ、しかしこの位の方が動きやすいな。まぁ、その辺りは好き好きだとは思うが」
「この間、宰相は雨が近いと関節が痛いって言ってましたよ」
「あぁ、爺さんだしな」
「年取るとそうなるんですかね?」
「さぁなぁ」
これから戦いに行こうかと言う時に、どうでも良い話をしている2人にベルゲインは呆れ気味だ。
「お前らは、緊張感がないな」
「緊張して勝てるのならば緊張するが、大体は逆効果だからな」
「師匠が負けるとは信じれませんから」
「良い師弟なのよね。まぁ、色々と如何かと思う所も見たけれど」
マリッカは、ベルゲインの肩を叩き、案内するように促す。草が踏み均された細い道を進んでいく一行の足取りは、今から始まるであろう戦闘とは裏腹に軽い。
「しかし、鉱石を運び出すと言うには道が整備されていないな」
「そうですね。単なる獣道に近いですね」
「まぁ、色々と理由があんのさ。それから、もう直ぐだぞ」
木々を抜けると、そこには僅かな開けた空間。真直ぐ立った錐の様な岩と、そこから流れる紅い滝。岩の横に立つ若い男と、白い髭を生やし額から後頭部へ大きく火傷の痕がある老人。
その老人が口を開く。
「まぁた、性懲りも無く来やがったか。さっさと帰れ、この孺子が」
「口が悪いな爺、こっちにもやる事がある。年寄りの冷や水はやめて、そこを退け。この禿げ火傷が」
お互いに、言葉の応酬を繰り広げた後、2人は言葉を発しない。ただピリピリとした空気が辺りに張り詰め、他の面々の顔には汗が浮かび、緊張の極地にある。
「ふ」
「ふふ」
「ふはっはははははははははははははははははぁっ」
突然老人が笑い出し、その場の空気が一気に変わる。
「驚いたぞ孺子、異能を持たずして、そこまで練り上げるか。お前の歳でお前の体で、良くぞここまで練り上げた」
「爺、興奮して勝手に発作で死んでくれるのか?一応推奨しておいてやる」
「ふわっはっは。孺子、お前の様な面白い奴がいる限り逝って堪るか。退屈していたが、面白い、実に良い、これだから人生は堪らん」
「いい加減、生に飽きろ爺」
アルトの手から棒手裏剣が飛ぶ、3つが次々と投射され、老人がそれを背から出した短剣で弾く。両の手に握られた短剣は、二重の螺旋を描いてアルトに襲い掛かる。
上下左右から伸びる双撃を、紙一重でかわして行く。目へと伸びてくる剣戟を避ける。髪が切れ、こめかみから血が流れる。
しかし同時に放たれたアルトの蹴りは、老人の腰をかすめ衝撃を与える。
2人は同時に後ろに飛び、間を保つ。あまりにも早い攻撃の応酬に、周囲の面々は動く事も出来ずにただ息を飲む。
「孺子、何故剣を抜かん。そのまま死ぬか?」
「爺に使うには勿体無くてな。爺こそ、何故あの世へ行かん。何時まで生きる?」
「けっ!減らず口を叩きやがって。死ね」
瞬時に間をつめた老人は、地面を蹴ってアルトへ迫る。その時、アルトは腰を深く落とすと、老人に背を向けた。
「何のつもりだ孺子、本気で死ぬか!」
上から襲い掛かる老人の脇が開いた時、捻り力を溜められたアルトの体は一気に元へと撥ね戻り、抜刀の勢いを増して老人へと叩き込む。
「がっ!」
辛くも、短剣を立てて攻撃を受け、その勢いを利用して老人は後方へと飛ぶ。地に降り立った老人の手から、短剣の刃だけが落ちる。
「切りやがったか。やるな孺子」
アルトの攻撃は、老人の体へは届かなかったが、老人の短剣の片方を半ばから切り折っていた。しかし、それはアルトの刀にも重篤な被害を与える。いや、既に与えていた傷を、更に大きく広げる事になる。
「爺」
「何だ孺子」
「ちょっと待て」
「ああん?」
アルトは刀を見下ろすと、刀の峰に手刀を叩き込んだ。歯切れの場所に正確に叩き込まれた一撃は、刀を半ばから折り取った。
「師匠!何を」
「見ていろバイエルライン、現状の俺の出来る限りって奴を見せてやる」
「ほぉ。おもしれぇじゃねえか」
「受けるか、爺」
「良いだろう、来いよ孺子」
アルトは、折れて短くなった刀を右手に持つと、腕をだらりと下げた。
「さて、死ぬか」
アルトの言葉の死は、恐らく自らに向いていた。
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